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特別な相手

────「ヘルメス皇国首都」冒険者酒場 10/02/夜


「ほらな」

「お前、女なら誰でもいいんだろ?」


「誰でも良くは……ありませんよ」


 伊勢谷先生は、私を両手で抱きかかえたまま、にんまりとした表情を見せた。


「じゃあ私は、お前の“誰でも良くない相手”に入っているんだな」


 この人には色々なことをはぐらかしてきたけれど、もう流石に誤魔化せなかった。


「お前が学園に入学して以来、私と喋るたびに喧嘩腰だった理由が今わかったよ」

「サフィが同級生として傍にいるから……」


「違う」


 私の否定を気にせず、先生は話を続ける。


「元々良く思っている相手をわざと遠ざけるために」

「そんな風にしてたんだろ?」


 ……恥ずかしい。なんで今日はこんな目に遭っているのだろう。


「別に少しぐらい仲良くてもおかしくないだろ」

「担任と生徒なんだからさ」


「うるさい。それじゃだめなの」


 思わず駄々をこねる子どものような言葉が漏れていた。


「なんで孤立するような道を選ぶんだよ」


 先生は優しく穏やかな声で私を諭す。


「それはサフィのために……」


「お前が孤立することがサフィのためになるのか?」


「サフィ以外の誰にも興味がないことを示したかったから」


「だったら直接伝えればいいじゃんか」


 そう言いながら先生は、私の目じりをゆっくりと親指で拭った。


「サフィは……その……」


 そのことを考えると余計に泣けてきた。


「……それはわかんないだろ」

「お前ほどの女子なら何か起きるかもしれない……だろ?」


 流石の伊勢谷先生も言葉に詰まっている。


 こんな風にするなら、ちゃんと最後まで考えてから問い詰めてほしかった。


「そんな博打みたいなことできるわけない」


 無造作に投げ出されていた私の左手は、いつの間にか先生の右肩を掴んでいた。


「それでもサフィのことは好きだから……」

「サフィに伝わらなくても、サフィのことしか考えてないって」

「そう示したかったから……」


「でも結局」

「お前には、他の気になる相手も、家族みたいな相手も、因縁深い相手だっている」

「学園に入る前も、学園に入った後も」




「お前の世界には、色々なやつらがいるんだよ」




 そんなこと、ない。


 私は色々なものを過去に置き去りにしてきた。


「イレミアのことにしたってそうだろ」

「なんでずっといっしょにいたやつと半年間も会わないなんてことがあるんだよ」


「それは誰かが……」


「仮にどこかの誰かがお前を狙っているなら」

「どうして、まずサフィとの仲を引き裂こうとしないんだ?」


 先生の言うとおりだ。


「その誰かは、お前が孤立しようとしていたのを」

「まるで手助けしてるみたいじゃんか」


 そこまで言って先生は少し黙り込む。


 つぎにこの人が何を言うのか、私にはわかっていた。


「なあ、その誰かって──」


「もういい」

「それ以上言ったら殺すわよ」


 私の変わりようを見ても、先生は動じない。


 彼女が予期していた反応だったようだ。


「……お前、わかってて今朝死んだのか」


「まだ、わからないわよ」


「それでお前が死ぬのは、残されたイレミアがあんまりだろ」


 先生は尚も私を離さない。


「そもそも、なんでそんなことになるのか、なんのためにそんなことをするのかも、良くわかんないし」


「私もまだわからないから、こうやって相談に来たのよ」


「そうだな……」


「おしっこ」


「え?」


「用を足して来るから離して」


「あ、あぁ」


 半ば幼児退行したかのような私の言動に、先生は呆気に取られて手を離す。


 もう何もかもがどうでもいい。

 

 この半年間、私は毎日死なずに生き延び続け、今日ようやく死んだと思ったら死んでいなかった。


 だけど、もしサフィに直接死ねと言われたらどんな手を尽くしても死ぬ。


 ただ、それだけのことだ。






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