駆け引き無用
────「ヘルメス皇国首都」冒険者酒場 10/02/夕方
「あぁ、ありゃなんだったんだ」
「どうせお前らお貴族連中はもう把握してんだろ?」
私は聖女たちを昏倒させたのは自分だという部分だけ伏せて洗いざらい伊勢谷先生に説明した。
話している途中、先生の顔を見ながら「こんな風体なのに顔は綺麗ね」とも感じていた。
「へぇ、お前2回も死んでんじゃん」
……こんな物言いなのに顔は綺麗ね。
「疑わないのね」
「なんで?」
「お前が嘘つく必要ないだろ」
「しかも、この私にだぜ」
「ほかのお賢い貴族様連中に対してならともかく」
流石、話が早い。この人は荒いだけで決して馬鹿ではない。
「流石はイセヤ先生ね」
「ふん、今日はやけに素直だな」
「それくらい切羽詰まっているのよ」
「半年間も追い詰められていたことに今さら気付いたのだから」
「つまり私のクラスのかったるいゴタゴタは大体がその"敵"のせいだ」
「ってことでいいのか?」
「その認識で良いと思うわ」
「私たちのクラスどころか」
「学園全体で聖女たちが荒れているのは"敵"が原因よ」
「だから恐らく複数いるはず。聖女と貴族のそれぞれに紛れて」
「荒れてるか荒れてないかで言えば」
「私が現役だったころから聖女は荒れてんだけどな」
「にしてもここ最近は度が過ぎてたからな~」
「その結果が今日の大量昏倒ってところか」
端的に短い時間で済むように説明した……気でいたのだけれど、私が奢ったお酒は既に飲み干され、6杯は追加のジョッキが空いていた。
私も3杯目のお酒を飲んでいる。こんな酒場の葡萄酒でも口に合わないわけではない。
それとも私はこの人といっしょに飲んでいることを案外楽しんでいるのだろうか。
「ところでさ」
「思っていたよりも学園長に詰められなかったんだけど」
「お前が手を回したのか?」
これは隠してもしょうがないか……。
「ええ、そうよ」
「だけど、そもそも何か言われるとしたら学園長がその上から詰められるのよ」
「今回のことが公になれば学園自体の立場が危うくなる」
「もはやあなた個人がどうこうという問題ではないの」
「そういえばややこしい成り立ちの学園なんだっけかな」
「なあ、お前の家ってウチの学園がないと困る事情とかあったんだっけ」
「別にないわよ」
私個人の問題で言うならサフィと同級生ではなくなるのが惜しいくらいかしら。
「なのに学園が潰れないように根回ししていたとは」
「案外お前も学園生活が気に入ってるんじゃないのか」
「私みたいに」
「あなたといっしょにはされたくないわね」
「ふん、でも"担任の先生といっしょに立ち向かう"ぐらいの気概は発揮してるじゃんか」
「そんなことはいいから」
「これからどうするの?」
「え?」
伊勢谷先生は"何にも考えていなかった"ような顔つきを見せた。
まさか何にも考えていなかったわけじゃないわよね……。
「え、えーっと……」
「とりあえず敵が誰かわかんないと、どうしようもないだろ」
「誰かさえわかれば私がぶっ飛ばせばいいんだし」
「それがわからないから相談しているのよ……」
「ん、あー、そうそう」
「狙われるにしてもなんでお前なんだろなー」
「って思ってたんだった!」
確かに。
芽衣とはタイムリープの話に偏ってしまったのだけれど、本当はそこも追究しなければならないのだった。
「なんで私が狙われているのか分かれば」
「おのずと敵の正体が分かりそうね」
「よっし、じゃあお前は何度死んでも大丈夫そうだし」
「囮にして敵を引きずり出そうぜ」
この女……。
「担任の言葉とは思えないわね」
「そもそも聖女を利用して仕掛けてきているのだから」
「私を囮にしても敵の正体は掴めないわよ」
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
「そもそもさー、なんで私に相談してんだよ」
「あなたが担任だからよ!」
「あ、そっか」
「それに他に相談できる相手なんて芽衣ぐらいしかいないのよ」
「それはさっきも言ってたな」
「お貴族様は大変だよな~」
「まわりに相談もできないんだもん」
養護教諭ほどではないが、アウラミライ侯爵学園の担任教師に求められる資質は多い。
その高い要件を満たすことはもちろん、教師を務めるには"色々と"政治的な資質も必要となるのだ。
だから本来は元聖女というだけでは学園の教室を受け持つことはできない。
だけど、この人はそれらのやっかいな条件をすべて跳ね除けて後ろ盾もなく本当に実力だけで担任を務めあげてきた。
さらに今年に至っては、私、サフィ、アレン、芽衣をはじめとしたいわゆる"特級"の生徒がいるクラスを受け持つ名誉と重責を担っている。
この人は本当にしがらみと縁がない。私ですらある程度は縛られているのにもかかわらず。
そこだけは尊敬に値する。
「そんな立場、私だったら耐えられないな」
この人にはありとあらゆる駆け引きが通用しない。
この人自身がそんな小賢しいものを必要としていないのだ。
見方によっては"高潔"にさえ感じられる。元聖女という素性に相応しいほどに。
そして、この人が"高潔"だからこそ、私はこうして相談に来た。
「おふたりさん、まだまだ飲むんだろ」
さっきのゴロツキの代わりに店主らしき男が現れ、追加のジョッキとゴブレット……ではなく、陶器のジャグを机に置いていった。
私はゴブレットになみなみと葡萄酒を注ぎ足しながら話を続けることにした。




