冒険者酒場
────「イスキオス・エステート」自室 10/02/夕方
「アマナ様の瞳が私よりも暗く深かったから」
この子には、もっと見てほしい。
私の瞳を。
だけどもう、同じ轍を踏みはしない。
私はすかさず芽衣の腕から手を離し、ティーカップに手をかける。
そして一気に飲み干した。
「あ、アマナ様……?」
「私はサフィとどうにかなるつもりはないわ」
「そして、あなたともどうにかならない」
だってサフィはアレンと仲が良いのだし……。
永遠の憧れになることは承知の上よ。
「さっきのことは謝るわ」
「だからあなたもサフィと自分自身を比べたりなんかしないで」
「あなたは私が同志と認めた聖女なのよ」
これくらい啖呵を切れば、この妙な空気も変わるはず……。
すると芽衣もティーカップを手に取り、一気に飲み干し始める。
「うっ、ジンジャーティーって一気に飲むと喉がピリピリしますね」
芽衣は顔をしかめながら喋っていた。
「……もう日も暮れてきましたので」
「今日はお暇します」
「明日は変なことに巻き込まれないように気を付けてくださいね」
「帰るなら馬車で送っていくわ」
「ありがとうございます」
結局、かぼちゃの種のマフィンには手を付けることがなかった。
夜にひとりで食べましょうか……。
────「ヘルメス皇国首都」冒険者街下層
芽衣を送っていく馬車の中では一言も会話を交わすことがなかった。
彼女は平然と私が貸した本を読みふけっていたのだ。
ところが私はといえば妙にやきもきしてしまい、彼女の顔を覗き込んだり、馬車の外を見たりと、忙しないことこの上なかった。
本に向けた視界の端には私の姿が映っていたはずだから今後は私への印象が変わりそうね……。
その後、彼女が住む聖女たちの寮館(寮とは言っても貴族の館以上の豪華さを誇る)である「プロヴァティーナ館」に到着すると──
去り際に「気が変わったらいつでも言ってくださいね」と耳打ちしてきた。
その言葉を聞いた私は色々と我慢できず芽衣の手に触れてしまった。
一方、彼女は握り返しながらも歩みを止めることはなく、すぐに手放して帰っていった。
じつは私なんかとは比べ物にならない悪女なのかもしれない……。
明日からどんな顔をして会えばいいのやら。
まあ……いいか……。
それから私は御者に冒険者街の噴水広場で馬車を止めさせ、ある場所に向かって歩みを進めている。
私の身に何が起きているのか、本当は芽衣と相談するつもりだったのだけれど途中からそれどころではなくなってしまった。
だから代わりとなれる逸材に会いに行く。
私たちの担任、伊勢谷翡翠に。
私は冒険者ギルドが運営する酒場の前で足を止めた。