誰よりも暗く深い瞳
────「イスキオス・エステート」自室 10/02/夕方
「入って」
「失礼します」
居住まいを正した私はユミアのノックに応えた。
「温かい紅茶をお持ちしました」
「秋口で冷え込み始めますから生姜を混ぜております」
ユミアはティーカートを押して室内に入ってきた。
危なかった……。
自分から迫ってしまったとはいえ、どうしてあそこまで自制が効かなかったのだろう……。
脇目で見ると意外にも芽衣は平然とした顔をしている。
「ジンジャーティーって」
「この世界でもあるんですね」
「茶葉があるんですし、生姜があるのも変じゃないですよね」
「これはユミアのお手製よ」
"ユミアは"こういう創作メニューみたいなものが得意なのよね。
もしかして昔は聖女と関係があったりしたのかもしれない……。
「そうなんですね」
「ほかのお家ではあんまり出ないんでしょうか」
「私は見たことがないわね」
「ユミア、あなたは?」
「私は他家で給仕したことがありませんので、なんとも言えません……」
「こちらはかぼちゃの種を混ぜたマフィンです」
「どうぞお召し上がりください」
秋らしいお菓子ね。
「ありがとう」
「下がっていいわ」
「それでは失礼します」
ユミアが部屋から出たところで芽衣が口を開いた。
「ユミアさんってお料理上手なんですね」
「ええ」
芽衣はまるで何事もなかったかのように振る舞っている。
私もそうしたほうがいいのかしら……。
「さっきはごめんなさい」
だけど思わず口に出してしまっていた。
すると急に芽衣が顔を赤らめ始める。
どうにか顔に出さないように堪えていたようだ。
「わっ、私こそ変なことを言ってしまって申し訳ありません……」
「サフィ様の代わりなんて、おこがましいですよね」
「そんなことないわ」
思わず芽衣の腕を掴んでしまう。
マズい、さっきと同じ流れになりそう。
あんまり近くに寄らないほうが……。
「あなたはサフィの代わりなんかじゃないし」
「誰もサフィの代わりにはならない」
「あなたの美しさはあなただけのものよ」
「召喚された聖女たちの中で、あなただけに私は輝きが見えたの」
結局、口説いているみたいになってしまった。
「……私の目は、サフィ様よりも美しいですか?」
「比べることなんてできない」
二の句が継げない。
次は何を言えばいい?
よし、質問には質問で返そう。
「あなたはどうして私に気を許しているの?」
「アマナ様の瞳が私よりも暗く深かったから」
早い時間から話し込んでいたのに、もう外では日が沈み始めていた。




