対等な関係
──「イスキオス・エステート」自室 10/02/夕方
「そう、私は死ぬたびに並行世界の自分自身に転生しているのじゃないかしら」
言ってみたはいいものの、それだけだと説明がつかないことも山ほどある。
そもそも並行世界があるかどうかは不明で、なんなら芽衣から今日聞いて知った考え方なのだ。
「正確には意識が並行世界に転移しているのでしょうか」
死んだ後に意識が移動したわけではなく死ぬ直前に移動していれば意識の並行世界転移よね。
「もしそうなら私の意識自体は1度も死を経験していない」
「転移か転生はこの際どちらでもよさそうね」
「えっ、でも転生だったら嫌じゃないですか?」
「あなたは死んだとき、どうだったの?」
「うーん……あんまり覚えていないというか良く分からなくて」
「私は覚えているわよ」
「そ、それだったら嫌ですよ……」
「拷問された訳でもないし、そこまで忌避感はないわね」
聖女に殺されたという屈辱感はあれども。
「やっぱりアマナ様ってすごいですね」
「だとしたら」
「どっちにしても問題点は、どうやって転移しているかですよね……」
「ちなみに意識といっても」
「あなたが読んだ物では具体的に何を転移させていたの?」
「そこも色々ですね」
「意識そのものが転移してたり、記憶だけを飛ばしたり」
「魂や精神が転移しているのならいいんですけど……」
「記憶だけなら元の世界のアマナ様は完全に死んじゃってますよね……」
「魂や精神が転移しているのなら」
「転移先の私が死んでるわよね」
「あっ、確かに消失しちゃってるのかな……」
「それとも精神はうまいこと統合されてるとか」
昔、時間移動者の証明を探すため、国教の禁書を漁っていたとき"より偉大な魂を創り上げるべく大勢の人間の魂を継ぎ接いでいた"魔法使いの記録を見かけたことがある。
その記録によると完成した魂はどのような人間の肉体に入れても反応しなかったのだという。
私からすれば「魂の人数分の人間をつなぎ合わせた肉体を用意すればいいのに」としか思えない。
禁書扱いされた記録に載るような魔法使いでも、やることが甘いのよね。
それに私は現代において"二人分の魂をつなぎ合わせた魂を完成させて肉体への定着を成功させた"魔法使いを知っている。
だから魂の統合は実証されている。
そんなこと国にはもちろん、皇国魔法協会に知られたらその魔法使いが指名手配どころでは済まなくなるので私も周囲に言いふらすようなことはない。
これは流石に芽衣にも言えないわね。
「もし記憶だけだとしても」
「その後の人格は元の私と同じだとは言えないわ」
「どのみち死の直前までの私はもういない」
「1回は死んだという認識で良さそうね」
「最初にも思ったんですけど」
「ずっと冷静ですよね……アマナ様」
「ただ死ぬだけでもショッキングなのに」
「あなただって1度死んでいるのに」
「後悔なく聖女であろうとしているじゃない」
「そ、それはあのー……」
「あなたも特殊なのよ」
「まあ、私たちの尺度が一般的じゃなさそうなのは間違いないわね」
そうだ。私と芽衣は"私が死んでからようやく対等"になったのだ。
私はやっと転生聖女たちに追いついた。
そのことに今さら思い至った。
「ふうん……」
私の様子を見て芽衣は不思議そうな顔をしている。
「元々はあなたのほうが経験豊富だったのね」
「えっ!」
「な、なんの話ですか……!?」
「死ぬ経験」
「あっ、そ、そうですよね」
「……確かに」
「だけどこれからは私たち"同志"ね」
「"同志"……ですか?」
「私はこの世界の人間で」
「ただひとり、あなたと肩を並べる存在になったのよ」
私はまた、燦然と輝く芽衣の仄暗い瞳を覗き込んだ。




