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異世界聖女

──「イスキオス・エステート」自室 10/02/昼


「いやいやいやいや!」

「それってタイムリープですよ!」


「は?」


 私が長々と講釈を垂れた後、羽塚芽衣(はつかめい)は突然大きな声を上げた。


「あ……すみません」

「急に大きい声を出してしまって……」


「それはいいのだけれど」

「タイムリープって何かしら」


 私は学園から帰る前に芽衣を自分の邸宅に招いていた。


「これは私の解釈というか」

「見方になるんですけど……」


 芽衣は話す許しを乞うように上目遣いで私を見詰める。


「続けて」


「はい、アマナ様の考えだと」

「アマナ様自身はまだ本当に死んでいない」

「死に切っていない、とのことでしたよね」

「でもそのー……」


 芽衣はどうにも煮え切らない態度で言葉が続かない。


「私の発想が根本から間違っていると言いたいのね?」


「あ、あ、あのそうじゃなくて……」

「たぶん誰かに狙われているっていうのはその通りだと思います」

「ただ死んでないわけじゃなくて」

「本当にもう2回死んでしまっているんじゃないかなと……」


「ふうん……」


 正直、それは私も思っていたことではあるのだけれど……。


 だとすると聖女たちに殺されたこと自体は事実になってしまう。


 それが不愉快で魔法や呪いによる夢だった説を自分の中で押し通していたのよね。


 アホな争いに巻き込まれて死んだ事実は誤魔化しようがないのに少しでも精神的ダメージを軽くしようとしてしまう(傍から見たらな変わりがない)自らの頭の残念さとプライドの高さが恨めしい。


 だけど芽衣は"本当に私が死んでいた"という説を展開したいようだ。


「ごめんなさい、不躾なことを言って……」


 どうやら不機嫌になったから私が黙っていると受け取ったみたい。


 そんな高慢な人間に見られているのかしら。


「どうして謝るの?」


「えっ、いや、そのー……」


 芽衣は私にとって不愉快な事実を前提として話を進めるのに躊躇しているのだろう。


 私はそんなことを言った覚えはないのに経緯を聞いただけで、そこまで私の心情を察してくれているのだ。


 仕方ない。


 一旦、話を変えましょう。


「そろそろ秋季聖祭の時期ね」

「私たちの学園でもお祝いの行事があるはずよ」


 少し話の変え方が強引かも。


「あっ、そういうのがあるんですか」

「たぶん作物の収穫をお祝いするような神事がルーツですよね」


「ええ、あなたの世界でもそういったお祭りがあるのよね」


「はい。宗教的な祭事には詳しくありませんが……」

「私が住んでいた国では年がら年中お祭りがありましたし」

「秋になると、どの学校も文化祭という行事をやっていました」


 芽衣がいた世界の環境は私たちの世界とほとんど変わらないらしい。


 春には草木が芽吹き、夏には自然が生い茂り、秋には種を落とし、冬には枯れる。


 だから季節をもとに執り行われる行事も内容は違えどサイクルは似ているようだ。


「多分、私の国の学校で秋に実施される行事は単純に涼しい季節だからとか」

「そんな理由で秋にやっていると思うんですけれど」


 芽衣は苦笑しながらも郷愁を感じさせる遠い目つきになっていた。


「別に俗っぽい催しが悪いというルールなんてないわよ」

「まあ"私は"悪いと思うのだけれど」


 本来の目的からかけ離れて手段が目的と化したのだとしても季節を感じさせる催しは必要だろう。


 とくに平民にとっては……。


「ふふふ、アマナ様はそうですよね」


 軽蔑的な物言いをされたはずの芽衣は嬉しそうにしている。


 私の言葉の意図が伝わっていない……なんてことはない。


 彼女はそれを理解しながらも微笑んでいるのだ。


「不思議そうなお顔をされていますね、アマナ様」

「そういえば私も不思議に思っていることがあって」

「私たちの世界の貴族や王族がこの世界に召喚されたことはないんですか?」


 聞いたことはない。


 召喚されたことがあったとしてもトリスティア家にとっては不都合なだけだから、その話が外に漏れることはないのだろう。


「確かに良く考えたら不思議ね」

「どうしてあなたのような平民ばかりが聖女として召喚されるのか」


 酷い物言いなのに芽衣はさっきよりも嬉しそうな笑みを浮かべている。


「単純に割合と確率の問題なのかもしれませんね」

「歴代の聖女は1000人を超えているようですけど」

「私の世界は庶民が圧倒的多数を占めていますから」


 当たり前の話だけれど、この世界でも貴族が平民より多いわけではない。


 そんなことがあれば世の中が回らなくなってしまうだろう。


「ねえ、元の世界に戻りたいと思ったことはないの?」


 酷なことを聞いてしまった。


 でもなぜか……聞かずにはいられなかった


「私は戻りたいと思ったことはありません」


 いつもはっきりとした物言いをしない芽衣が淀みなく言い切った。


「ほかの子たちは……最初は戻りたかったみたいですけど」

「みんなすぐにこの世界に馴染んでました」


 その子たちは平民としての身分で召喚されたら、そうはならないのでしょうね。


 聖女として召喚されたからこそ戻りたいと思わない。


 元いた世界よりも良い待遇だから、良い境遇に身を置いているから、良い身分だから、戻りたいと考えないのだ。


「じゃあ、あなたは?」


 どうして戻りたいと思わないの?


 面と向かって聞くようなことではないとわかっていても。


 なぜか彼女には聞いてしまう。


 私は聞きたいのだろう、芽衣の答えを。






「私は最初から一度も元の世界に戻りたいと思ったことはありません」

「そしてこれからも」


 私は、どうして自分が芽衣と時間をともにしたいと思っているのか、


 その理由が少しわかった気がした。





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