暗がりの中で
1−8
(最後に見る夢がこれでよかった……思い出せて良かった……
わたくしは、わたくし……できれば、貴方の名前も、思い出したかった……)
自分の下半身が暴かれそうになっているが、幸いなことにもう身体の感覚が消え失せている。
最後の最後で少しだけ幸運が味方してくれたらしい。
安らかな気分のまま、ラトゥーリアの意識は深い暗がりへ落ちていった。
『ラトゥーリア様』
もう死後の世界にいったのだろうと思っていたが、何故か鮮明に声が聞こえてきて、ラトゥーリアの意識は暗がりで少しだけ浮かび上がった。
身体は動かせず、夜の海を漂うクラゲになったかのような、不思議な心地だった。
「……誰?」
だが、声はしっかりと出せた。出した感触もした。見えないだけで身体はあるらしい。
周囲には誰の気配もなく、ただ少年の声が反響している。
『それは今は良いです……【はい】か【いいえ】で答えてほしい。
生きたいですか?』
ラトゥーリアの質問を遮り、たどたどしい言葉遣いで尋ねてきた。
どうやらこの質問者は、オーロノウム王国の言葉に慣れていない。
発音を聞く限り、レヴルナール領に住まう少数民族の言葉と雰囲気が似ていると思ったが、今わかる事はそれだけだ。
聞きたい事は沢山出てくるが、ラトゥーリアの口から真っ先に飛び出たのは諦念だった。
「……いいえ、わたくしは、処刑を待つ身です。もう覆りませんから」
どうやら質問者は答えに不服だったらしい。どうやって返したものかと唸ってしまっている。
選択肢を用意しておきながらその反応は何なのだとラトゥーリアは思って畳みかけようとしたが、その前になんとか質問者は言葉をひねり出す。
『うぅ……では、覆る手段があるとしたらどうですか?』
新しい条件を付けて、もう一度ラトゥーリアへ尋ねて来た。
「いいえ、有り得ません。第一王子の命なのですよ。
他貴族も、誰もが……わたくしの断罪を願っている。
恐らく父も……きっと止めません。わたくしの事はきっと見捨てるでしょう。
そういうお方です」
『それは違います。貴族の中にも味方はいる……』
「いいえ、いません。少なくとも王都には……この場には……」
それに加え、本物の冬の魔女もいる。
どうにかしようにもラトゥーリアに残された手立ては無い。彼女自身では全く考えつかなかった。
誰かはわからないが、語り掛けて来る声の正体は確実に平民だろうと察せられる。
心遣いはありがたいと思うが、平民に何ができるというのか。
冬の魔女と断じられたラトゥーリアに手を貸す事自体、国の決定に背く事と同義であり、不用意に命を捨てる行為だ。
(なんとか、次で断りきらないと)
この心優しい平民に無茶はさせられないと、ラトゥーリアは心を決めたが、質問者はとっておきの答えを絞り出した。
『じゃあ、名前!
名前を……思い出したくないですか?』
ラトゥーリアの心臓は大きく弾む。