わたくしとは
1−6
「その目が、ずっと気に食わなかった」
「俺たちを馬鹿にして」
「ちょっと頭が良いだけの女のくせによぉ」
「気持ち悪ぃ上に生意気だ」
身をよじり痛みに悶えだしたのを契機に、男たちはラトゥーリアに拳や蹴りを浴びせた。
どこかが折れる音がする。筋がちぎれ、関節がおかしな方向へ曲がってしまっても止まらない。
ラトゥーリアの身体が壊れていく音が、彼女の悲鳴を押し殺していく。
気が済むまで当たり散らしたところで、誰かがラトゥーリアのドレスを破り、股を大きく開かせた。
「少しくらい、いいよな」
「やめとけよ冬の魔女だぞ。何か呪いでももらってみろ」
「呪いなら解除できるさ、大丈夫だよ多分」
まずは一人、小さな体に覆いかぶさった。
かろうじで保っていた意識の中で、ラトゥーリアはゆるやかに、思考する事へ逃げた。
(……本当に、全てが全て、裏目)
怒りは湧かなかった。ただ、虚しくて悲しい。痛みでいつものように頭が回らない。
全てはそう定められた事だから、侯爵家令嬢として、相応しい立派な人として、役目を果たせればそれで良い。
求められた事だけに応えれば良いと思っていた。
誰に何を思われたとしても第一王子の隣に立ち、この身を国の繁栄のために捧げるため今まで生きようとして、本当は耐えてきただけ。
歯を食いしばって、自分を殺し続けただけ。
(国……王子……領地……民……権威……信頼……財……)
大事にするべきだと教えられたものの中に、自分はいない。
自分を無にしなければ、何もかも到底大事になどできなかったからだ。
それが皆が求める貴族、為政者であると信じるしかなかった。
仕事にやりがいを感じていたのは嘘ではないが、それでも心が満たされる事はなく、ただそれ以上に考えたくないものから逃げていただけ。
(そうですわね……役割に縋る事しかできない私では……)
自分よりも、自分を陥れた魔女がラトゥーリアの事をよくわかっていた。
そんな自分では、水面下で起こっていたであろう異変に気付けるはずもなかった。
だから、本物の冬の魔女に好き勝手利用されてしまった。
役割だけならまだしも、個人の尊厳すらも奪われようとしている。
「わたくしとは、何だったのでしょう……」
だが、今はそれもわからない。ふわふわとして、何も考えられない。
ラトゥーリアは静かに、十数年ぶりの涙を零した。我慢する必要がなくなったそれは滾々と頬を伝い、石畳に染みを作っていく。
男たちを喜ばせるだけ、はしたないと思いながらも、両腕は折れていて拭うなどできない。
酸素が足りずに深く呼吸しようとするほど、心身が凍えていく。痛覚が麻痺してきたが、段々と意識も朦朧としてきていた。
(最後に泣いたのは、あぁ……そういえば……)
瞼の裏の暗がりに、幼かった頃の記憶が蘇っていくようだった。
(これが、走馬灯というものですか……)
それなら、なるべく気分が良くなるものが良い。暖かな日差しの気配のするその記憶を手繰り寄せようと、最後の力を振り絞った。
何もかもが色鮮やかで、常春の楽園のような世界。
向かい合うのは、第一王子の金髪ではなく、花を思わせる紫の光を帯びた黒髪。
顔までは思い出せないが、自分よりも少し歳上の少年で、レヴルナール侯爵家の派閥にいた下級貴族の子供だったかもしれない。
『あなたは、あなたですよ』
多くの言葉を交わしていたはずなのに、結局思い出せたのは、ほんの一言だった。
だがその一言が、少しだけぬくもりを与えくれた。
(そう……あれは……)
あれは、侯爵令嬢に相応しい教養を身につけるための授業が始まる前の事。