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今はルミア

2−9

 ハイネリア伯爵は数年前に亡くなり、陰日向で彼を支えていた優秀な夫人が、爵位と稼業の紡績業を引き継いだと記憶している。

 侯爵一派の舞踏会のため屋敷を提供する代わりに社交場への出席を免除されていて、出会えるのは数年に一度あれば良い方という印象だ。


(あぁ今日もそういえばハイネリアのお屋敷でしたわ……)

 

 漆烏が及んでいる根の深さや、ハイネリア女伯爵としての立ち回りに関心していると、グリジュスは満足気に微笑んだ。

 変装道具一式が入った鞄をドレッサーに広げ、腕まくりする。


「では、変装を施させて頂きます」

「よろしくお願いいたします」


 きっと鉄壁の変装を施してくれるだろう。

 絶大な安心感と、ネグとセフィッドの話や侯爵令嬢時代の仕事の話題で、ラトゥーリアの緊張は良い塩梅に解けていった。

 

「すごい……これが、わたくし……?」


 そうこうしている内に、グリジュスは一仕事終えた。

 鏡に映るラトゥーリアは、元来の儚げな雰囲気は残しつつ、別人の顔付になっていた。

 普通の化粧道具を使っていたはずだが、それだけでもここまで変わるのかと、ラトゥーリアは驚きのあまり笑顔になる。

 冷たさを感じる美貌から、柔らかく春を思わせるような美貌へ。

 釣り目がちな目が垂れ目へ。まつ毛を更に上向きにし、唇にも柔らかな影を付け加えることで印象が激変する。

 更に、左目に目の模様がついた肌色の眼帯を取り付け、雪狼姫の大きな特徴である隻眼を隠していく。


「幻影魔法と合わされば、自然な目の動きを表現できますので」

「このような物もあるのですね」

 

 前髪を下ろし、幻影魔法がかかれば、本当に普通の目と見分けがつかなくなる。


「最後に髪と瞳の色を変えれば、完成です」


 グリジュスがパンと手を鳴らした瞬間、ラトゥーリアの髪は暖かな茶色に、瞳は緑色に染まった。

 いつもの髪色とは別の形でドレスの桃色に合うような色味であり、ラトゥーリアから少女のような感嘆が溢れた。


「ありがとうございます……すごすぎて、言葉が」

「光栄ですわ……ですが、その、いつかは貴方自身の色を、隠す事なく……」


 グリジュスは笑顔を崩さなかったが、言葉が途切れ途切れになっていた。

 

「えぇ、そのためにも……その時はまた、変装ではなくて、お化粧をお願いできますか?」


 侯爵一派の貴族として、比較的ラトゥーリアと近い立場にいたというのに、苦しんでいるラトゥーリアに手を差し伸べれられなかった負い目があるのだろう。

 ラトゥーリアはその心を汲んで、グリジュスに依頼をする形で許した。

 漆烏と女伯爵という難しい立場を二つ抱える身で自分を助ける事は非常に困難だと理解している。

 今は無事だから気にしないで欲しい。


「絶対に掴むつもりでいる未来、その時に、メイクを施してもらえる事を楽しみにしております」


 ラトゥーリアは一息で伝えて、微笑んだ。

 

「喜んで、ぜひこの私にお任せください」


 それ以上グリジュスは弱々しい素振りを見せなかった。その場で恭しく頭を下げ、言葉を噛み締める。

 そうして玄関ホールで待つヴァローナの元へ送るべく、ラトゥーリアの手を取り歩き出した。


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