女伯爵
2−8
ダンスも大丈夫ならあとは心の持ちようだと、ラトゥーリアの心に自信が芽生えていた。
舞踏会の日は、マックルルが男爵位を得て数日経った日。
(……あっという間でしたわ)
必死にマナーとダンスの復習と演技の練習をしている内に、その日が来てしまった。
視野の問題と変装を施してもらう関係で、ラトゥーリアは昼間から自室にて準備を始めていた。
(早速このドレスを着る事になるとは……)
隠れ里から貰った美しいドレスをマネキンにかけ、しげしげと見つめる。
今まで寒色系とは打って変わって、花を思わせる明るい色のドレスだ。
桃色のシルクの生地の上には、隠れ里が得意とするレースがふんだんに遇らわれ、胸元から足まで白と桃色でグラデーションを作っている。
気高くも心優しい雪狼姫を表現しようという気持ちが見えるデザインに、ラトゥーリアの胸は幸福でいっぱいになる。
纏ってしまおうか、もう少しだけ眺めていようかと迷っていたところで、小気味良いノック音が響いた。
「雪狼姫様、失礼致します」
ドアの前に立っていたのは、灰色の髪の女性隊員だった。
タビー以外で初めて出会った女性隊員に驚いたのと、長いまつ毛に縁取られた切れ目の力強さに、ラトゥーリアは少し圧倒されてしまった。
「こんにちは……は、初めまして……」
「初めまして、今回雪狼姫様の変装を担当させて頂くグリジュスと申します。
息子たちがお世話になっています」
「えっと……ご子息が?」
ラトゥーリアには思い当たる節がなかった。グリジュスの若々しい見た目から考えるに、子供はまだ小さいのだろうと勝手な先入観があったのだ。
だが、彼女の顔立ちを良く見てみると、ごく最近にも会った人物の面影を感じる。
「あっ、ネグとセフィッド……⁉︎」
「ふふっ流石のご慧眼ですわ」
「いえ、い、いつも、こちらこそお世話になっております……!」
驚きから声が揺れてしまったが、ラトゥーリアはともかく言葉を絞り出した。
ネグとセフィッドの正確な年齢は知らないが、恐らくは自分と同年代だろうと認識している。
それ程大きな子供を持っている母とは思えないほど、グリジュスは若々しく美しかったが、この迫力ある雰囲気を考えると納得してしまう。
「息子たちから貴方様のお噂はかねがね。
わたくしは少々特殊な配属でして、いつもは外部にてレヴルナール侯一派の女伯爵として立ち回らせて頂いております」
「えっ」
グリジュスはそう語るが、ラトゥーリアはまたしても思い当たる節がなかった。
正確には、思い当たる節はあるものの、目の前の彼女と情報が噛み合わない。
ラトゥーリアはレヴルナール侯爵の派閥にある貴族たちなら、名前と顔と主な事業を覚えていた。
女伯爵という珍しい立場だけなら思い当たる人物がいたが、彼女は顔に深い皺の刻まれた壮年の女性だった。
グリジュスとは大分違う上、顔も全く似ていない。
「ふふっ、普段は変装して表舞台に立っておりますから。
伯爵としての名はレイラ・ハイネリアと申します。
直接やり取りする機会が無かったので」
「えぇ⁉︎ 見た目が全く……! 全く違います……!」
「驚いてもらえてとても嬉しいです」
結局ラトゥーリアの頭に浮かんでいた人物で正しかったが、変装の凄まじさに慄いてしまった。




