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布石の一歩

2−5

「……気紛れな方なので、私が問いかけたところで同じかもしれませんが」

「いや、マックルル殿の方が確率は高い。何せ彼の右腕なんだから」

「そんな、気まぐれに取り立てて下さっているだけですよ」

(絨毯屋は隠語……? カラスは漆烏の暗号によく使われてるものですし……うーん)


 レヴルナール領で活動する商人ギルドの情報は最低限頭に入れていたが、直接仕事でかかわる事が無かったため、ギルド長の名前や絨毯屋といった単語までは覚えていなかった。

 更に想像と考察を進めている内に、光の鳥が帰ってくる。

 天井スレスレでゆっくり飛び回り、キンキンとグラスがかち合うような澄んだ音を立て、マックルルへ何か伝えているようだった。


「……伝令、受け取って頂けましたが、今は未だ断るとのことで」

「早いな」

「まだ面白くなってないからと」


 答えは芳しくないものだった。ヴァローナは不快感を隠さず額に手をやった。

 

「……何が面白くないだバカめ」


 面白いも何も、こちらはずっと緊張で張り詰め、逼迫している。

 一言吐き捨て、さっと気持ちを切り替えたヴァローナは、執務机の引き出しから草案を書き留めた分厚いノートを取り出し、笑う。


「わかった。では、お望み通りやってやろうじゃないか。

 マックルル殿が男爵に成ってすぐのタイミングで、次の計画を進めるところだったんだ」


 子供っぽい対抗心を見せながらも、ラトゥーリアを第一に扱う事は変わらない。

 ラトゥーリアの心を救いながら、自分たちの平和な日々のために、華やかな復讐を遂行する。

 ノートの表題に書かれた名は、ヴァルプス・レヴルナール。

 

「侯爵閣下没落の序幕……未来のアイル子爵夫人のお披露目だ」


 ヴァルプス・レヴルナール。由緒正しき王の相談役の家系の当代侯爵。

 長く積み重なり、段々と歪み、腐っていった栄誉の体現者。

 ラトゥーリアの実父であるものの、ヴァルプスは彼女を見捨て、保身に走った。

 親子愛などは最初から無い。復讐は問題なく行えるはずだが、ラトゥーリアはヴァルプスへの恐怖が染みついてしまっている。

 まだ計画の全容がわかっていないが、彼と正面から対峙する未来を想像して一瞬視界がぐらついた。

 

「大丈夫。彼はもう、我々が恐れていた彼ではない」


 だが、ヴァローナはそう語る。

 侯爵領運営に多大な貢献をしてきたラトゥーリアがいない今、彼の立場は脆く崩れ始めている。

 当の本人だけは呑気な態度で、先の鉱山事件の後、思わぬ臨時報酬と功績が手に入った事を喜んでいる。近い内に自分の派閥に属する貴族面々を集め、鉱山リニューアル計画のパーティを行う予定らしい。

 そこには漆烏の長、アイル子爵も含まれる。


「パーティの場をお借りして、未来のアイル子爵夫人であるルミア・マックルル男爵令嬢のお披露目を行おうと考えている」


 漆烏の変装技術や護衛に関して不安はないが、ヴァルプスを目の前して演技ができるのだろうか。ラトゥーリアは頭を巡らせる。


「お、恐れながら……それはラトゥーリア様が危険では?」


 マックルルの心配はごもっともだが問題ないと、ヴァローナは首を振り答える。


「私が隣で守る」


 命に変えてでもと、凄みを端々から覗かせながら言い切ったヴァローナに、マックルルはこれ以上の言葉を控えた。


「……その場にラトゥーリアにいて欲しい理由が3つあるんだ。

 1つは自分の目で現状を見る事。

 2つは今後、ラトゥーリアとして心地よく暮らす未来のための土台作り」


 遠くから他人の視界を借りる等、その場にいなくてもパーティの様子を知るだけなら可能だが、空気はわからない。

 また、領地運営や周辺貴族に詳しいラトゥーリアの持つ視野でしか判断できない事もある。

 土台作りの方は、復讐により世間の傾向がひっくり返った後、ルミアという存在と入れ替わる形でラトゥーリアが再び日の目に出るためのものだ。


「3つ目は、どうしてもこの場では言えない……その場の状況によっては後回しになるが、達成できれば次の計画に進める」


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