腰の低い商人
2−3
「あっ雪狼姫様いま帰られたのです⁉︎」
「タビーちゃんもいたの⁉︎」
「うわー! 会いたかったー!」
それと入れ違いで、狩りに出ていた若者たちが戻って来た。
橇に巨大な鹿を詰み、成果は上々であったものの、それはそれとして落胆の声が上がる。
「はっはっは、すまんねぇ君たちが思いの他優秀だったから僕張り切っちゃった」
「ニヴァンや」
「……面目ない」
橇の後ろから降りてきた髭面の男に、長老は笑顔で威圧する。
「近々、挨拶へ行きますよ」
帽子を取り、黒髪をなびかせて、ニヴァンはここからでも小さく見える子爵邸を眺めた。
◇ ◇ ◇
その頃子爵邸では特例の客人を招き入れていた。
ルフトが応接室に客人を通し、お茶を運んだところで、ヴァローナがすぐ後に続く。
「よく来てくれたマックルル殿」
「まさかあのアイル子爵邸に上げて頂けるとはとても光栄でございます」
マックルルはヴァローナに対し、深々と頭を下げた。
ソファにこじんまりと座るマックルルは、重たい荷物を背負って歩く商人らしく、丸まった背が特徴的な中年の男性だ。
必要最低限の荷物しか持っていないのは、今日の目的が商売ではなく、ある依頼に関する話し合いのためだ。
「失礼致します。ただいま帰りました」
「ラトゥーリア。良いところに」
丁度隠れ里から帰ったラトゥーリアが、応接室のドアをノックした。
ヴァローナは彼女を迎え入れ、マックルルと対面させる。
すると、マックルルが目を潤めながら震え出した。
「あぁ……貴方が本当に、あの雪狼姫様なのですね……」
自分を知る相手だとラトゥーリアに緊張が走ったが、ヴァローナの落ち着き払った様子と、マックルルの人の良さそうな雰囲気から、すぐに大丈夫だと察する事ができた。
(隠れ里の皆様と同じく、協力者の方ですね……きっと)
挨拶をしようとしたが、その前にマックルルは即座に膝をつき、敬意を示しながらラトゥーリアに向かい合う。
「私はセルマー・マックルル。しがない商人でございます。
雪狼姫様のご功績は予々伺っております。お会いできてとても光栄です」
「ありがとうございます……顔をお上げになってください。
改めまして、ラトゥーリアと申します」
彼からの敬意を返すように、ラトゥーリアもカーテシーをした。
マックルルの声は体の震えと共に揺れ、少し鼻声でもあった。具合でも悪いのかとラトゥーリアは心配したが、ヴァローナに止められる。
「感動しているんだよ」
「えっ」
「実質ほぼお一人で侯爵領を回していたその器量……商人として非常に憧れておりまして」
「そんな、完全に一人では回していないですよ。お父様やお兄様も公務を……」
「いえ、商人の間で回っている資料ですと、実質……でして」
商人ギルド内では、秘密裏に各領地の情報を纏めた資料がやり取りされていると、マックルルは語った。
その中には各領地を治める貴族の仕事内容や、その成果が事細かに記されているものがあるという。
レヴルナール領の公務記録を見れば、ほぼ全ての公務に何らかの形でラトゥーリアの名前が書かれていると、度々話題に上がっているらしい。
(てっきり消されているものかと思いましたが……見てくださっている方はいるのですね)
確かにラトゥーリアは父や兄弟たちの手が回っていない仕事を回収し、片付けていたが、皆が皆自分だけの成果にしていた記憶がある。
だが、商人たちは決して見逃さなかったらしい。
「その、どうすればあんなにも膨大な仕事量を……」
「それは、えぇっと……」
にやけて気が緩み「ともかくがんばりました」と口を滑らせそうになったが、ともかく笑顔で黙り誤魔化してしまった。




