隠れ里
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歩行の練習がてら子爵邸から雪道を行き10分ほどで、よくこの辺りに住まう人々が狩りに利用する森の入口までたどり着く。
同行するタビー曰くここがラトゥーリアと漆烏の味方たちが住まう隠れ里だというのだが、里の入口らしきものは見当たらない。ただ雪深い森が目の前にずっと広がっている。
「雪狼姫様、今から言う言葉を覚えておいてくださいね!」
タビーは喉の調子を整えて、息を大きく吸った。
『雪まみれのカラスが今舞い戻らん!』
森中に元気な声が響き渡ったと思うと、突如目の前の森がぐにゃりと渦を描き歪んだ。
タビーに手を引かれそこへ入って行けば、すぐに木造の簡易な門が現れた。
「ここが、隠れ里……?」
「はい! パゲドリディニクの隠れ里です」
黒みがかった木材の家々は、冬でも暖かな気分になれるような色とりどりの愛らしい文様が描かれ、雪との色の対照が美しい。
まるでちょっとした異国に来たようだと、ラトゥーリアの気持ちが華やいだ。
「綺麗……」
「えへへ、ここ、私とキャリコはここの出身なんです」
タビーは自分が褒められたかのように得意げだった。もう少し眺めて浸っていようと二人で佇んでいると、里の奥の方から腰を丸めた小さな老人を筆頭に里の民たちがラトゥーリアたちを迎えに来た。
「おぉ……雪狼姫様……」
「雪狼姫さま?」
「ヴァローナ様の奥方になられる方だよ」
「すっごく綺麗な人」
皆がラトゥーリアを見て、何か知らの言葉をこぼすが、どれも暖かで、照れ臭くも心地よいものだった。
迎えに来てくれた民の多さとその耳心地の良い内容に、ラトゥーリアは嬉しい驚きで目を丸くしてしまった。
「雪狼姫様、よくぞご無事で」
老人は丸まった背を更に丸めて、ラトゥーリアへ深々と礼をする。
「こちらは長老様です。この村のまとめ役と思っていただけたら」
「ほっほっほ、まとめ役はもうニヴァンに譲ったはずなんじゃがの。
どうぞよろしくお願いいたします。
儂はペアザースレンラント・パゲドリディニクと申します……長いので長老と、お気軽にお呼びください」
「はい、よろしくお願いいたします長老。
わたくしはラトゥーリア……」
名前を名乗ったところで、タビーが悪戯っぽくラトゥーリアを肘で軽く突いた。
名乗れる苗字があるでしょうと、その顔は微笑んでいる。
「ラトゥーリア・アイル……になる予定の、今はただのラトゥーリアです」
仮の立場とはいえ、そういう事になっているからと、ラトゥーリアは照れながら付け加えた。
タビーは仮じゃないでしょと口をとがらせているが、想いが通じ合っている実感はあるとはいえ、また何かあるかもしれないから念のためと、ラトゥーリアは補足する。
「ふふ……坊ちゃまも雪狼姫様も積年の想いが叶ったとお伺いしております」
長老の方も幸せそうに、朗らかに微笑んでいた。
ヴァローナが坊ちゃま呼びされている新鮮さに、こっそり感動していると、タビーが疑問へ投げかける。
「そういえばその、ニヴァン様は?」




