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無垢なる邪悪

1−4

 鈴を転がすような声が、今は何故か、とても恐ろしい。

 鉄柵で隔てられているのに、今にも何か恐ろしい事を仕掛けてきそうな気配がして、ラトゥーリアは思わず逃げ出したくなった。

 だが、真っ直ぐ向けられる黄金の視線が、逃げる事を許さない。

 笑顔だというのに、底知れぬ威圧感を放っている。


(クローシュカ……クローシュカ、凡百の、一般貴族だったはず)


 クローシュカ伯爵家自体は建国当初から続く歴史の古い家だが、粛々と現状維持のため業務に勤しんでいるだけの、地味な貴族だ。

 伯爵という地位にいながら威光はなく、その下に続く貴族たちだけでなく、領民たちからも尊敬されていない。

 最近長男との後継者争いに勝った次男は、何か野心がありそうだが凡才。結局代わり映えしないだろうと認識していた。


(クローシュカ伯爵にご令嬢がいたなんて……)

 

 兄弟の数は二人のはず。この国の上級貴族の情報は凡そ頭の中に入れているつもりだったが、アリエラについては名前の表記すら一度も見た事が無かった。

 あの舞踏会の場で初めて名前を聞き、姿を見たのだ。

 隠し子など急遽養子に引き入れるような可能性も考えたが、そんな事があれば噂好きの貴族たちがこぞって話題にする。

 

「いえいえ、ラトゥーリア様の認識が正しいんです。

 あたしは本来いないはずの子なので」

「……それは、どういう」

 

 心を読まれた事には驚いたが、ラトゥーリアはともかく会話を続ける事を選ぶ。

 今はただ、情報が欲しい。

 不安を晴らすための材料が欲しい。


「あたしは、先代のクローシュカ伯爵の弟の子。娼婦に産ませた子でした。

 今まではただの町娘としてそれなりに幸せに暮らしていたのですが、クローシュカ家特有の赤毛と血色の良いほっぺから父の所業がバレまして……

 それで本当に最近伯爵家に引き取られました……今日が社交界デビューです」

 

 奇縁と偶然で出来た真実味に欠ける話を、アリエラは楽し気に語って見せた。

 

「……そ、そんな情報」


 それこそ、貴族たちがこぞって話題にして娯楽にするような話だ。

 やはり自分の耳に入ってこないのはおかしいと、不安が深まっていく。

 そんな様子のラトゥーリアを見て、アリエラはまた一つ、あざ笑うように言葉を重ねた。


「と、いう設定で、ここにいるからです」


 アリエラは可憐に微笑んで、そう言い切った。

 

「せってい……?」


 誰もが心を溶かされるような愛らしい微笑みを、アリエラは浮かべている。

 そのはずはずなのに、ラトゥーリアにとっては、とても邪悪なもののように見える。

 悪魔が人の形をとって微笑んでいるようだと。


「あたしね、魔法が得意なんです。

 ずっとずーっと練習して練習して、血を吐くほど練習してきたので自信ありますよ。

 今だって、あの場にいた人たち、あなた以外みーんな私の魔法にかかってくれました。

 あ、誤解しないでくださいね! 記憶や心はいじってないです。

 皆が元から持ってるちょっと後ろめたい欲を増長させただけ。

 それだけでほら……すごかったでしょう?」

 

 頼んでもいないのに、彼女は自分の所業をラトゥーリアに教え始めた。

 操ってはいない。禁術といわれるようなものは使っていない。ただ、人の気持ちをそっと押しただけ。

 人が求める欲を、あたしが満たしてあげたと宣う。

 

「だから罪に問われないと? 悪意ある行為だというのに?

 そそのかす事も立派な罪です」

「あははっ! そうですねっ! その通りです」


 些細な悪戯をしただけという風に語るが、悪意は否定しない。

 純粋無垢な少女を気取り続けるアリエラからは罪悪感も、何か特別な野心も感じない。

 

「何故そんな事を」

「わかってるくせにぃ」

 

 邪悪な笑みは、アリエラの正体をずっと物語っていた。

 ラトゥーリアの中で急速にいくつもの符号が重なり出す。

 答えはとてつもなくシンプルで、呆気ない。

 

「貴方が本当の……冬の魔女だから」

「そう、あたしこそ、当代の冬の魔女アリエラ。

 この国を滅ぼす悪の死者。全ての民の敵」


 わざとらしくアリエラは指折り数えてみせて、九代目の冬の魔女だと語る。

 今までで一番、滅びの願いに手が届きそうな冬の魔女。

 それが目の前の彼女の正体。


「ですが今は未来の王妃アリエラ・クローシュカ伯爵令嬢。

 皆から愛される赤いほっぺの紅玉姫。

 残念ながらラトゥーリア様が冬の魔女ということになりました!」

「……いいえ、わたくしは」

「侯爵令嬢っていう役割しかない虚しい人。

 だから、濡れ衣を着せるのにぴったり。

 ……そうでしょう?」

 

 心臓を鷲掴みにされたようだった。

 あまりに突然、的確に自分の本質を言い当てられ、ラトゥーリアは震えが止まらなくなる。

 

「何故……どうして、こんな」


 それでも声を絞り出したラトゥーリアに対して、アリエラは微笑みを深くした。

 柔らかだった笑みが、一瞬だけ本性を現した凶悪なものに歪んだ。


「人間の苦しむ顔が好きだから」


 返答はシンプルで、少女らしく純粋無垢でいて、冬の魔女の名に違わぬ邪悪さだった。


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