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流れの末

1−3

 騎士たちに両腕を捕らえられ、王城の地下牢獄へ連行されていく。

 歩く事を放棄しても、引きずられる。靴が脱げ、肌がこすれ痛みを感じる。

 石畳の上に投げ出され、凍てついてしまうような寒さに震えても、それ以上に心が苦しくて堪らない。

 何故こうなってしまったのか、どこからおかしくなっていったのか。


(せめて、少しでも自分の死に納得しておきたいですわ……)

 

 少しでも心安らかに、終わりを迎えられるように。


(……あぁ、ここまで来て、わたくしはまだ)

 

 冷静な侯爵令嬢、雪狼姫であろうとするのか。

 床に転がり自嘲しながらも、それしかやる事がないからと、記憶の奥の奥まで理由を探し、検証する事にした。


 ラトゥーリア・レヴルナールは、このオーロノウム国を陰日向から支えてきた侯爵家の令嬢である。

 

 レヴルナール家は代々王の相談役であり、潤沢な鉱石資源を算出する寒冷地帯を領地とし、多くの困難を抱えながらも長らく安定した治世を敷いていた大貴族だ。

 

 更には独自の諜報部隊を有し、他国の魔法技術を率先して取り入れ軍事から生活まで発展させてみせるなど、国に様々な利益をもたらして来た。

 

 ラトゥーリアは銀光を纏う灰色の髪と、月光を閉じ込めたようなアイスブルーの瞳という侯爵家代々の特徴を継ぎ、幼い頃から衆目を集める美貌の持ち主だった。

 その上で徹底した英才教育を施され、何事にも動じない強い精神と、王家の傍で働くにふさわしい技能と知恵を習得してみせた才嬢でもあり、魔法の才能の無さと女の身である事が嘆かわしいと教師がこぼした逸材だった。

 

 他の男兄弟たちを差し置いて王子の側近候補として名が挙がる程だったが、1つ大きな欠点としては、隙がなかった。

 ともかく、人間味がなかったのである。

 

 少しつり上がったアーモンド形の大きな瞳は、美しくも強すぎる。そして、視線から全く感情が読み取れなかった。

 目と目を合わせて話すのはマナーのはずだが、真っすぐ見据えた相手は委縮してしまい、大体視線が合わなくなる。

 

 きゅっと引き締められた小さな口は、完璧に作りこまれた微笑みを浮かべる事ができるが、一人の時は常に仏頂面だ。

 少し言葉を語らせてみれば、定型文的な天気と政治の話題のみ。年頃の少女がする菓子や恋物語の話題など一言も出てこない。金になりそうな流行の商品として、時折本の話題が味気なく語られる程度だ。

 

 美しくも、冷たい。

 王の相談役として、周囲から無機質に見える程徹底的に振舞って見せていたのだ。

 

 仕事をやらせてみればともかく良く働いたが、どんなに苦しく目まぐるしい状況でも様子は相変わらず。

 物珍しさ、畏怖、尊敬。全て綯交ぜに、貴族の内輪に飽き足らず、文官や騎士、メイドたちまで広がって、皆が面白おかしく囃し立てた。

 

 強い視線だが、獣のように何を考えているかわからない。我々の喉元にいつ食らいてやろうか、静かに機会を伺っているようだ。

 そうしていつしか、周囲は彼女を【雪狼姫】と呼ぶようになった。

 

 レヴルナール領の少数民族の間に伝わる雪山の怪物から取られたもので、神秘的な美しさと瞳から伺える獰猛さを称えるに相応しい名だと呼ぶ。

 一応、姫と付くのは、本当に王妃になる予定があるからだ。

 

 好奇の目に晒されようとも、気味悪さから見えない範囲で嫌がらせを受けようとも、この立場のおかげで、かろうじで世話をしてもらえていた。


 レヴルナール家の役目は王の相談役であり、古から王家に交わらないという誓いを立てていた。

 だというのに、幼き日のオーロノウム国第一王子フリードリヒ・ウル・オーロは、ラトゥーリアの美貌に惚れこんでしまったのだ。

 

「お前は、私の物とする」


 そう勝手に宣言され、特例に特例を重ね、婚約を成立させ早10年。

 父は歴史ある誓いよりも自分の家の権力が増す事を喜び、フリードリヒの好き勝手にさせた。

 ラトゥーリアは一度首肯しただけで、あとは第一王子の我がままと気紛れで全てが決められていく。

 

 アクセサリーように連れて歩かれても、勝手に体や髪をべたべた触られても、静かに微笑む。

 恋人らしい行為は婚前にできる範囲までは、周囲も止めなかった。

 ただただ決められた事に従うだけで良い。流れに身を任せろ。

 

 そういう教育を受けて来たから、そうした。父からも余計な事をするなと釘を刺され、感情を押し殺した。

 時に阿呆らしすぎて涙が出そうになったが、瞼で蓋をした。

 その繰り返しで、婚約発表のための舞踏会に立って、流されるまま穏便に終わる。

 はずだったのに。


「がんばって来た事、全部裏目にでちゃいましたね」


 突如響いた声に緊張が走った。燃える炎を思わせる赤毛が視界の端にちらつく。

 この場にはラトゥーリアしかいないはずだった。なのに何故、彼女がここにいるのか。


「アリエラ……クローシュカ伯爵令嬢」

「はい♪」

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