平和のための誓い
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ハンカチを持ち合わせておらず申し訳ないと思いながら、腕をヴァローナの方へ伸ばし、零れ落ちそうな涙を掬った。
「泣かないで……」
ヴァローナはずっと不安と罪悪感でいっぱいだったのだろう。
諜報部隊の隊長という仮面を被り、個人の感情と記憶を抑えて、ずっと生きて来た。
抑え込んでいた物が今、ラトゥーリアによって溢れ出している。
「復讐……は、やはり望みません。
だけど、自分の居場所は守りたいと思います」
ラトゥーリアはそのままヴァローナの頬に手を添えた。
自分のために怒って、泣いてくれる存在の心強さ、尊さを知った彼女は、自分の恐れを忘れた。
「あなたばかりが非情にならないで。
わたくしは、わたくし自身のために戦いますわ」
剣を取った事はない。魔法は才能があると言われたが、未だに下手くそなままだ。
暴力で抗う手段は持たないが、侯爵令嬢として培った知恵や技能で抗う事はできる。
「わたくしは地位のない、平民以下の存在です。
ですが、冬の魔女という、特大の汚名があります。
この見た目も、きっと汚名に箔をつけてくれることでしょう」
あの日自分を処刑に至らせた汚名。冬の魔女。
国を滅ぼす冬の魔女の汚名は、死の淵から再び戦いに赴くただの女を、恐怖の存在に変える。
使える物は何でも使って見せると、ラトゥーリアは心火を燃やした。
ラトゥーリアは勢いのまま身を乗り出し、ヴァローナに顔を寄せる。赤い双眸をしっかりと見つめ、語り掛ける。
「優しい貴方に頼むのは心苦しいのですが、どうかわたくしと共に戦ってくださいませんか?
わたくしの世界の半分を、代わりに見てくださいませんか?」
一人で戦い抜く事は不可能だ。ヴァローナもそれを許さないだろう。
暴力はやはり嫌だが、知恵を巡らせれば、ヴァローナが常に非道でいなくて済む選択もできる。
「あなたは……どこまで……」
「お互い様ですわ」
二人が望むのは同じく平和な日常だ。理不尽に愛する者が傷つけられない、ありふれた日常が欲しい。
だから想い合い、手を取り合える。
ヴァローナは参ったと、ため息交じりに笑った。
それを見たラトゥーリアは思わず気が抜けて、バランスを崩して転びそうになるが、澄んでのところで逞しい腕に支えられた。
そして、ハーブティが零れることもいとわず抱き寄せられる。
鼻腔をくすぐるベルガモットの香りと自分の身を包む大きな身体、心地よい息苦しさに、小さな悲鳴がこぼれた。
「勿論。願ってもいない事だ。
目となり、貴方の世界の半分を見よう」
固まりながら感じ入っている内に、耳元でささやかれた。
顔を真っ赤にしてじたばたし始めたラトゥーリアを一度床に下ろし、ヴァローナは改めてラトゥーリアへ跪く。
その姿は、騎士が姫に誓いを立てるようだった。
「そして、貴方の剣となり盾となり、平和な日常への道を切り開こう。
隻眼の雪狼姫よ」
ラトゥーリアはヴァローナに合わせてゆっくりとしゃがみ込む。
そして、今度はラトゥーリアからヴァローナを抱きしめた。
共に平和な日常を歩む者として、できうる限りの返事をする。
二人はお互いの温度を確かめるように、暫くその場を動かなかった。




