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平和のための誓い

1−24

 ハンカチを持ち合わせておらず申し訳ないと思いながら、腕をヴァローナの方へ伸ばし、零れ落ちそうな涙を掬った。

 

「泣かないで……」


 ヴァローナはずっと不安と罪悪感でいっぱいだったのだろう。

 諜報部隊の隊長という仮面を被り、個人の感情と記憶を抑えて、ずっと生きて来た。

 抑え込んでいた物が今、ラトゥーリアによって溢れ出している。

 

「復讐……は、やはり望みません。

 だけど、自分の居場所は守りたいと思います」


 ラトゥーリアはそのままヴァローナの頬に手を添えた。

 自分のために怒って、泣いてくれる存在の心強さ、尊さを知った彼女は、自分の恐れを忘れた。


「あなたばかりが非情にならないで。

 わたくしは、わたくし自身のために戦いますわ」


 剣を取った事はない。魔法は才能があると言われたが、未だに下手くそなままだ。

 暴力で抗う手段は持たないが、侯爵令嬢として培った知恵や技能で抗う事はできる。


「わたくしは地位のない、平民以下の存在です。

 ですが、冬の魔女という、特大の汚名があります。

 この見た目も、きっと汚名に箔をつけてくれることでしょう」


 あの日自分を処刑に至らせた汚名。冬の魔女。

 国を滅ぼす冬の魔女の汚名は、死の淵から再び戦いに赴くただの女を、恐怖の存在に変える。

 使える物は何でも使って見せると、ラトゥーリアは心火を燃やした。

 ラトゥーリアは勢いのまま身を乗り出し、ヴァローナに顔を寄せる。赤い双眸をしっかりと見つめ、語り掛ける。

 

「優しい貴方に頼むのは心苦しいのですが、どうかわたくしと共に戦ってくださいませんか?

 わたくしの世界の半分を、代わりに見てくださいませんか?」


 一人で戦い抜く事は不可能だ。ヴァローナもそれを許さないだろう。

 暴力はやはり嫌だが、知恵を巡らせれば、ヴァローナが常に非道でいなくて済む選択もできる。

  

「あなたは……どこまで……」

「お互い様ですわ」


 二人が望むのは同じく平和な日常だ。理不尽に愛する者が傷つけられない、ありふれた日常が欲しい。

 だから想い合い、手を取り合える。

 ヴァローナは参ったと、ため息交じりに笑った。

 

 それを見たラトゥーリアは思わず気が抜けて、バランスを崩して転びそうになるが、澄んでのところで逞しい腕に支えられた。

 そして、ハーブティが零れることもいとわず抱き寄せられる。

 鼻腔をくすぐるベルガモットの香りと自分の身を包む大きな身体、心地よい息苦しさに、小さな悲鳴がこぼれた。


「勿論。願ってもいない事だ。

 目となり、貴方の世界の半分を見よう」


 固まりながら感じ入っている内に、耳元でささやかれた。

 顔を真っ赤にしてじたばたし始めたラトゥーリアを一度床に下ろし、ヴァローナは改めてラトゥーリアへ跪く。

 その姿は、騎士が姫に誓いを立てるようだった。


「そして、貴方の剣となり盾となり、平和な日常への道を切り開こう。

 隻眼の雪狼姫よ」


 ラトゥーリアはヴァローナに合わせてゆっくりとしゃがみ込む。

 そして、今度はラトゥーリアからヴァローナを抱きしめた。

 共に平和な日常を歩む者として、できうる限りの返事をする。

 二人はお互いの温度を確かめるように、暫くその場を動かなかった。


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