これからの話
2−23
「これから、思い出してみせます……死の淵に瀕して、少しだけでも思い出せたのならきっと」
「ラトゥーリア様」
「だから、大丈夫です」
会話を重ねていけばいつか思い出せるだろう。
キャリコという魔法の天才もいるのだから、相談してみるのも手だ。
ラトゥーリアがあれこれ提案してみれば、ヴァローナは眉をハの字にして微笑んだ。
「手始めに、記憶の通り砕けた口調で話してみてもよいでしょうか。
もう侯爵令嬢の地位はありませんし、二人の場です」
「……わかりました。ラティ」
少し目を泳がせたが、ヴァローナはラトゥーリアの提案に従い、いつかの記憶通りの渾名を口にした。
名前を略しただけの簡単な渾名だが、一言聞いただけでラトゥーリアの心が柔く跳ねた。
「まだまだ思い出したい事がいっぱいあるの。
貴方が聞かせてくれた話も、貴方の悩み事も……貴方の本当の名前も……」
記憶の中の自分は、ヴァローナではない別の名前で呼んでいた。詳細な音は思い出せないが、それだけは間違いない。
仕事の都合上公の場で呼ぶことはきっとできないかもしれないが、それでも思い出したい。
「大丈夫。きっと思い出せるし、教えられもする。
だけど……教えるとしたら、もう暫く後になると思う」
「え……それは、何故?」
「果たすべき事がある。
情けない話なんだけど、あなたに名前を呼ばれてしまうと、私は非情でいられなくなるから……」
彼にとっても、ラトゥーリアとの記憶は幸福の象徴であり、諜報隊長をただの男に戻す呪いでもあった。
その感覚はラトゥーリアも良く理解できる。
だが、非情になってまで果たすべき事とは何だろうと、嫌な予感がした。
「……私は、あなたの平和を守るため、復讐の剣となります」
そして、その予感はすぐに的中した。
「な、復讐……?」
ヴァローナの瞳には、炎が見えるようだった。
ラトゥーリアの目をしっかり見据え、もう決めた事だと告げてくる。
「ラティを処刑しようとした冬の魔女アリエラ、第一王子……
ヴァルプス侯爵、暴力を振るってきたあの三人……最低限でもこの辺りは標的とする予定だ。
元々この事について話したかったから、丁度いい」
「標的って……殺すということですか」
「そう、暗殺だ」
話したかった今後の予定とは、まさかの復讐についてだった。
ラトゥーリアは顔を青ざめさせながら、首を横に振る。
「わ、わたくしは復讐なんて望みませんわ。しかも、暗殺だなんて」
名前が出た者たちに関しては、確かに恨みがある。怒りや憎しみも抱いている。
だが、武力を持って報復しようなど考えてもみなかった。
今のような生活が何とか続けばどんなに幸せだろうかと、今後について願う事はそれくらいだった。
「ラティがこの先心穏やかに過ごすためには、絶対に必要な事なんだよ」
それでもヴァローナは頑なに推し進めてくる。
ラトゥーリアが暴力や争いを好まないと知っているからこそ、自分が剣になるのだという態度だ。
「冬の魔女はいつかラティが生きている事に気付いて、危険に晒される。
そうでなくとも冬の魔女を放っておけば、この国を滅ぼしてしまうだろう。
……いや正直国はどうでもいいけど」
「どうでもよくないわ……一応」
どさくさに紛れてとんでもない事を口にしているヴァローナを諫めつつ、ラトゥーリアはそれでもと否定し続ける。
ラトゥーリアとしても、本音はもう国に関心はない。
滅ぶなら滅べばいいと思うが、自分達を慕ってくれる漆烏たちの住まう国であり、無辜の民たちもいる。
それを思うと心苦しい。
「復讐なんてしなくとも、平和に暮らす事ならいくらでも……!」
更に言葉を重ねようとしたところで、ラトゥーリアはヴァローナの目が潤んでいる事に気付いた。
強い闘志を抱きながら、滾々とわき続ける不安に抗うように、美しい顔が歪んでいる。
「オレはもう、誰からもラティを傷つけられたくない……」
これがヴァローナの一番の本音なのだろうと、ラトゥーリアはすぐに理解した。




