苦く眩しい思い出話
1−22
子爵家に生まれ、諜報部隊の隊長になる事を定められた人生で、唯一の幸福な時間だったといっても差し支えない。
体術と魔法の厳しい訓練に加え、理不尽な侯爵家の雑用。加えて、そんな多忙の中でも与えられた諜報任務。
摩耗し切った自分を、ラトゥーリアは何気ない優しさで救った。
かけがえのない存在と認識し、彼女の影となり剣となれるのなら、いくらでもこの身を捧げようと本気で思えるようになるまでそう時間はかからなかった。
「お父様に、逆らったのですか……?」
「教育の最中、侯爵から体罰を受けて痛みに泣き叫ぶあなたを見捨てられず……」
だからこそ、ラトゥーリアを傷つける侯爵が許せなかった。
振るわれた鞭は彼女の柔らかな頬に当たったらしく、顔半分が真っ赤に腫れ上がり、切れた口の端から大量の血が流れ出ていた。
ヴァローナは隠しナイフを手にとり飛び掛かるが、侯爵の護衛をしていた自分の父によってすぐ制圧される。
地面に付したヴァローナを侯爵は踏みつけ、動かなくなるまで鞭を振るった。
「その上で、侯爵様はあなたを徹底的に詰ったのです。
お前が誑かしたせいでこいつは死ぬ。こんな男に現を抜かすから何も成長できないのだと」
侯爵は、ラトゥーリアの物覚えの悪さに苛立っていたが、実際は他の兄たちよりも成績が良かった。
たまたまその時のテストで一つミスを犯し、たまたまその時侯爵の虫の居所が悪かった。
そんな時に自分に歯向かうヴァローナがいて、怒りは加速し、最後にラトゥーリアへ向かった。
ヴァローナに鞭を振るいながら、言葉の刃を持ってラトゥーリアの心を滅多刺しにする。
ラトゥーリアが泣いて助けを乞うたのを見て、彼はやっと鞭をおさめた。
「そうしてラトゥーリア様は、これからは侯爵家のために身を捧げると誓いました。
私や、幼少期の記憶を封印し、決別したのです」
ラトゥーリアはヴァローナを殺さないでと地面に額をこすりつけた。
すると、突如雷のような光が、彼女の小さな身体を包み込む。
光が小さくなるにつれ、すすり泣きが段々と小さくなっていき、完全に消えた頃には完痛みを無言で堪え、何事もなかったかのように体を起こすラトゥーリアの姿があった。
「で、でも、わたくし、魔法は苦手で……」
「魔法ではなく、魔力の暴発といった方が正しいでしょう。
本来あなたは優れた魔法の才能をお持ちだ。
何故魔法が苦手なのか、あのキャリコが首をかしげてしまう程の才能です。
断言しましょう。魔法を使うのが苦手なのは、あの時の暴発の反動です」
動けなくなったヴァローナはそれを目に焼き付けいた。
魔力の機微に疎い自分の父や侯爵は気付かなかったようだが、あれは確かにラトゥーリアの魔力が暴発した瞬間だった。
感情任せが故に強力で、使用者ですら認知できない静かな暴発。
「……そうして、私は救われ、結果的にあなたの心も守られた。
だから、あなたは何も悪くありません。
謝るべきは、私の方なのです」
「……ヴァローナ様」
ラトゥーリアは自分を責め続け項垂れるヴァローナへ呼びかける。
「……わたくしのために怒ってくださったのでしょう?」
「ですが」
「酷い事なのですが、わたくしはそれが、とても嬉しいのです」
地下牢から助け出してくれた時もそうだった。
自分のために怒って、悲しんでくれて、傍で守ろうとしてくれる。
幼少の頃の軽はずみな行動ですら愛おしい。起こってしまった事よりもそれに至るまでの理由が、何よりも嬉しかった。




