冬の魔女
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冬の魔女とは、この国の建国史にも出てくる魔女だ。
歴史上の国を揺るがす大事件、大災害、戦争で、必ずといってほど存在が記されている。
ある時は敵国の大将軍、ある時は疫病をまき散らす精霊、またある時は全てを焼き尽くす炎の息を吐く竜。
時代により姿形を変え、手段を変え、混沌と災いをもたらすため、この世界に生まれ落ちる。
オーロノウム王国の最大の宿敵であり、呪いのような存在。
最も悪名高く邪悪な魔女、その今の姿がラトゥーリアであると、フリードリヒは宣うたのだ。
「……いえ、失礼ながら、あまりにも信じがたい発言の連続で、言葉を失っておりました。
わたくしはずっと国のために生きよと教えられ、その通りに生きてきただけでございます。
それに、魔法など小さな火を起こすので精一杯のわたくしが……どうして冬の魔女などと」
魔法は、身体に宿る魔力という力を操作し、超常的な現象を引き起こす技術だ。
この国の生活に欠かせないものであり、誰もが大なり小なり使えるあたりまえのもの。
才能がなくとも、生活に必要な簡易な魔道具へ魔力を流して利用する事くらいは誰でもできる。
そして才能がある者は、自然や道理を無視した超常的な力を扱う事もできるという。
ラトゥーリアは悲しきかなどんなに修練を積んでも、魔法の腕前が上達しなかった。
修練の後は決まって魔力切れを起こして倒れていた上、悪い時は数日寝込んでしまうような事もあった。
冬の魔女どころか、見習い魔法使いにすら遠く及ばない。魔力を流して使う道具を使うのにも苦労する有様だというのに。
今自分を糾弾しているフリードリヒ自身、面白がってずっと揶揄ってきた事だというのに忘れてしまったのかと、ラトゥーリアは諭そうとする。
だが、フリードリヒは話を遮るように首を振った。
「冬の魔女は、人の心と記憶を操る禁術を使うという。
かつてこの国の民に紛れて生活してきた冬の魔女もいたと、史実にもある。
自分の記憶を操って、完全に無害な民として振舞っていたともだ」
「そんな……ですが、そんな禁術を使えば、魔道警備隊が真っ先に気付くはずです」
あまりに強力すぎる魔法は封印されたり、使用を制限する法律が布かれている等、悪用されないよう幾重にも対策が取られている。
法律だけではなく、特に王城は魔法による暗殺や諜報を防ぐべく、優れた魔法使いたちを騎士団とは別に魔道警備隊として配備している。
人の心や記憶を操るような魔法は使うだけで極刑に処される禁術だが、使用者の特定は容易な方なのだとラトゥーリアは認知していた。
ホール内にいる魔道警備隊へ目をやれば、自分たちの仕事を疑うのかと、殺意のこもった視線を向けられる。
「お前は、大雪崩を起こして新しい鉱脈が見つかった山と、近隣の村を潰した」
「誤解です。私にはそんな事できません」
「更に、助けに出ようとした騎士たちを、猛吹雪を起こし生き埋めにしようとした」
「違います……それは」
「ではなぜ言い淀む!」
「……それ、は」
反論はできるが、勝ち目がない。この場に自分の味方はいない上、その時の行動は確かに侯爵に報告せず黙って行動したという負い目があった。
防護魔法を得意とする諜報部隊の者を数名連れ、橇を引き、独断で大雪崩の起こった現場に向かっていたところ、確かに同じく現場へ向かおうとした騎士たちを見かけていた。
(あれは彼らの自業自得だとしか言いようがないのですが……)
騎士たちは、降り積もった雪に足を取られて勝手に遭難しかけていただけ。
誰のせいでもなく、強いて言えばこの程度なら橇がなくとも大丈夫だろう。鎧を脱がなくとも大丈夫だろうと驕った彼ら自身の判断ミスだ。
今この場で詳らかに証言する事もできるが、確実にホールを警護する騎士たち全員から避難の野次が飛ぶだろう。
騎士の誇りを汚すのか。嘘をつくのか。見苦しい。そんな罵詈雑言の嵐だけで済めばいいが、下手をすれば暴動が起きてしまうと想像に容易い。
「アリエラ嬢の助力がなければ、騎士や村民たちが犠牲になるところだった。国の重要な資産である鉱山も、アリエラ嬢がいなければ……」
(それは全て、わたくしがお助けしたのですが)
結局見過ごせなかったラトゥーリアは、諜報部隊に彼らの救助を指示し、近場の木陰へ避難させた後、身体を温めるため効果のあるアミュレットを持たせた。
(誤った報告がなされているのはわかりました……いえ、もはや根こそぎ真実が挿げ替えられているような気さえしますね)
全て、健気で善良で愛らしい紅玉姫アリエラ嬢がやった事になっている。
アリエラ嬢が奇跡の魔法を持って、最小限に食い止めて見せた。
この場にいる皆が、そう信じてしまっているから、完全に反論を封じられてしまった。
アリエラの方に視線を移せば、彼女は健気にも対峙する意思をこめて、可愛い顔をきりりと引き締めている。
「さて、これ以上なにか申す事はないな?」
「……」
これ以上の言葉はない。
ラトゥーリアは聡いが故に、読み取ってしまった。
盤上遊技でもう手立てがなくなった時のような感覚が、身体を脱力させる。
この断罪の結末は、最初から決められていた。
全て、どこかから仕組まれていた事だ。
(誰に……? 何故……?)
一瞬、アリエラの何を考えているかわからない潤んだ大きな瞳と、目が合ったような気がした。
それに何か言葉を呈す前に、フリードリヒからの判決は下される。
「雪狼姫ラトゥーリア・レヴルナール……冬の魔女を極刑に処す」
処刑は夜明けと共に、すぐに執り行う。執行人を呼べ、街中に知らせよ。
続く言葉は、もう耳が聞き取ろうとしなかった。




