太陽の手(2)
がっしりした体躯の馬にちょこんと乗った小柄な男は、こちらに気付いたかパッと表情を輝かせ中途半端に手をあげる。
凱旋を意識してか、着飾った皇帝は不細工な顔を更に歪めていた。
どうやら泣いているらしい。
「陛下、お戻りをお待ちしておりました」
「シュタ……シュターレンベルクよ」
馬に乗ったまま両手を差し出してくる。
その手をどうしろと?
臣下の身で皇帝と手を取り合うわけにはいかず、結局シュターレンベルクはその場で頭を垂れる。
「ウィーンを守ってくれて、感謝致すぞ。怪我はないか? シュターレンベルクよ」
「はっ」
「はっでは分からぬよ。怪我はないかと聞いておる」
「はっ、ございませぬ」
十代の少年王ならともかく、四十も過ぎた中年がこれだから。
この二か月、皇帝の悪口を垂れ流しつつもあんなに苦労して……と頭の中では不満が噴出している筈なのに、飾り気のない言葉に胸が熱くなるのを感じる。
いつもそうだ。
遠征から帰って、多くの死にまみれて荒み切った精神を、皇帝はこうやって包んでくれる。
「配下……いや、仲間に恵まれました」
「そうか」
シュターレンベルクの言葉に合わせて皇帝の視線がグイードからバーデン伯、リヒャルトへと動く。
「けれども、有能な者たちを失いました」
ここに居る者だけに目を向けるなと。
この二か月の間に命を失った者のことも、せめて同じように見てほしい。
「そうであったか……」
守備隊と市民兵を合わせた一万二千の内、死傷者数は四千五百名に上る。
死者たちはどんなに祈っても帰ってこない。
傷を負った者たちは、せめて回復するまでは生活を見てやらなければならない。
家が損傷した者にも手当せねばならないし、戦場となった市外の集落も再整備が必要だ。
加えて、参加した兵士や市民兵には充分な報酬を与えるべきだと思う。
戦勝の高揚の中でざっと思いつくだけでもこれだけの仕事と予算が必要なのだから、冷静になって計算するときっと気が遠くなってしまうに違いない。
それをこの皇帝は分かっているのだろうか。
「シュターレンベルクよ」
「はぁ?」
浮かれてねぇで、ちゃんと考えろという言葉をどう装飾したら不敬にならないかと考えていたところだったので、皇帝の呼びかけに声が裏返った。
「シュターレンベルク、とにかく疲れたろう。まずは休んでくれ」
「休んでなどいられませぬ。疲れてもいません。そんな場合じゃない。早く敵軍の追撃を行わなくては。ちりぢりに散った奴らが、また集結したら侮れない大軍になる。オスマン本国からの増援でもあれば、ウィーンはまた……」
「シュターレンベルクよ、この二か月寝ておらぬのであろう」
「………………」
一瞬、言葉に詰まった。
「何故分かるのかという顔をしているな」
渋々頷く。
すると皇帝は至極真面目な顔でこう返した。
「それは当然だ。分かる。シュターレンベルクの様子が普段と全然違うからだ」
「そ、そうでしょうか」
「うむ。そちはいつもはもっと陰気だ」
ブハッ。背後で誰かが吹いた。
じろりと睨むと、バーデン伯とリヒャルトが白々しい渋面を作って誤魔化そうとしている。
「皆、ひとまず休め。余はポーランド王ヤン殿に会って追撃を頼んでみるつもりだ」
「ならば我々も」
しかし皇帝は首を振った。
「余が致す。余ができるようにならなくては……」
皇帝は俯いてしまい、シュターレンベルクにその表情を伺うことはできなかった。
※ ※ ※




