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クロワッサン物語  作者: コダーマ
第三章 パン屋の正体

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カーレンベルクの戦い(6)

 フランツの両足が万力のようにシュターレンベルクの腰を挟みこみ抑えつけるため、のたうち回ることすらできなかった。


「なんでッ! 何で、シュターレンベルクが姉さんをッ!」


「ぐっ……がはっ!」


 立て続けに繰り出される掌底。

 すまないの一言すら、言葉に乗せることができない。


「姉さんがッ! 何でよりによってシュターレンベルクに殺されなきゃなんないんだよッ!」


「うっ……」


「あの時は助けてくれたのにッ! 今になって殺すなんて。あれからずっと……姉さんがどんな思いでいたか知らないくせに。僕のことだって、何にも覚えてないくせにッ!」


 振り上げられた手の平は、今度は力なくシュターレンベルクの胸に落ちた。

 腕が、肩が、小刻みに震えている。

 熱い雫がぽとぽと。

 シュターレンベルクの頬と喉を濡らした。


「す、すまなかった、フランツ。エルミア……」


 姉の名を耳にした途端、彼はその姿勢のまま固く瞼を閉じた。

 謝罪の言葉など虚しいだけのものだと、勿論分かっている。

 エルミアに襲いかかられ腹を刺された。

 揉みあっているうちに突然彼女が死んだのだ。

 そして、その死体は消えた──。

 シュターレンベルクが彼女と「再会」を果たしたのはたった今のことだ。

 何が起こったか分からず、シュターレンベルクとて彼女を探していた。


 だが、そんな言い訳を口にしたところで血の気を失い土に汚れて横たわる彼女の遺体に、そして真っ赤な顔をしてこちらを睨むフランツに通用する筈もないではないか。


「分かったよ、フランツ。殺されてやる。俺の首を絞めろ」


 それでエルミアの無念が晴れるわけでもあるまいが。

 それでも対等の報いを受けて死んだなら、少しはまともに罰を受けた気になるというもの。


「な、何言ってんだよ。シュターレンベルクが死んだらこの街は……」


 フランツが目を見開く。

 馬乗りになったままの姿勢で涙を拭うこともせず、その双眸には戸惑いと後悔の色が早くもちらつき始めていた。

 横たわったままの男は、絶望のため息を吐く。


「そうだった。お前はお人好しだったな。頼まれたところで人を殺すなんて出来ないよな」


 ウィーンなんかに目を背けて、ここから居なくなってしまえたら。

 いっそ殺されてしまえば楽になれるだろうに──シュターレンベルクの中に巣食っていた無意識の思いは、フランツに打ち砕かれたのだ。


 のろのろとした動作で少年がシュターレンベルクから身体を浮かせた。

 ズルリと足を引きずるようにして地面に座ると、今度は倒れたままの男の肩をぐいと押す。

 起き上がれという動作に仕方なくゆっくりと体を起こすと、胸にかかる圧が変化したか今頃になってむせ返る。

 フランツはそんなものは聞こえもしないというように、遠くに視線をさ迷わせていた。


「僕が一番好きなパンはね。ゴツゴツしていて固くて、スープに浸さなきゃ噛みきれないようなパンなんだ」


「………………?」


「あごが疲れるくらい何回も何回も噛んで、パサパサの生地が口の中で少しずつ甘くなっていって……僕が好きなのはね、あの時シュターレンベルクがくれたパンなんだよ」


 何処を? 何時を見ているのだ。

 男が何か言うより先に、フランツは付け足したように呟く。


「生きていくために必要なのはパンだって、僕は思った。でも姉さんは違ったみたい。あの時のシュターレンベルクのたった一言を支えにして、ここまで生きてきたんだよ」


「あの時?」


 不意に蘇る戦場の記憶。

 血と土くれ。

 銃弾と砲撃の煙。

 民の死体と焼けた村、絶望の表情。

 軍馬のいななき。

 耐え難い寒さと空腹。

 それから……。


「ねぇ……僕たちのこと、ほんとに覚えてないの? 僕はすぐに分かったよ」


 シュターレンベルクがゆっくりと口を開きかけた時のこと。

 王宮の外から、かつてないくらいの大きなどよめきが起こった。


     ※ ※ ※

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