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クロワッサン物語  作者: コダーマ
第三章 パン屋の正体

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指揮官の誇り(1)

 恙無きや エルンスト・リュティガー・フォン・シュターレンベルク

 余が最も信頼を置くウィーン防衛司令官よ──


 このような書き出しで始まる手紙が、立て続けに二通届いたのは八月も終わりの雨の日のことであった。

 手紙が書かれた日付は違う。

 続々参集されるオスマン帝国軍の後続部隊や、夜盗の脅威をかいくぐることに日数を費やす場合もあり、使者の到着までの日にちが大きくずれるのはままある事であった。


 一つ目の手紙をウィーン防衛司令官は放り捨てた。

 屋外で文字通り放り投げたので、それは風に舞って地面をフラフラと滑る。

 グイードが慌ててを拾い上げた。

 二通目がシュターレンベルクの手に渡ったのは、つい今しがた。

 精鋭を率いての出撃寸前のことである。


「それで、陛下は何と?」


 グイードの問いに、シュターレンベルクは首を振って答える。

 手はすでに二通目の蝋印を破いていた。


「八月九日の陛下は風邪気味で寝込んでいたと。あとはフランスの悪口が書かれている」


「風邪で寝込んだ……わざわざそのことを手紙に? ぬぬ、何故フランスの?」


「話に聞くルイ十四世の宮殿が羨ましいんだろ。とりわけ噂の噴水に執着してるらしい」


「ぬぬ、噴水とな。わざわざ手紙でそんなことを?」


 会話は小声だ。

 これから死地に赴く兵らに、万が一にもこの内容を聞かれてはいけない。


 かつて神聖ローマ帝国皇帝カール五世が、フランス国王フランソフ一世のシャンポール城の完成美に感嘆させられたという逸話が、レオポルトにとっては今なお屈辱であるらしいのだ。

 皇帝が音楽と芸術を愛する気質であることは有名だ。

 フランス王がベルサイユに建造した宮殿には、凝った噴水がいくつも設置してあると聞く。

 狭いウィーンにいる神聖ローマ帝国皇帝レオポルトはルイ十四世を羨ましくも妬ましく思っていたのだろう。


 思えば第一次ウィーン包囲の時も、フランスは同じキリスト教徒である我がウィーンに味方せずオスマン帝国寄りの外交をしていたではないかと、手紙にはうじうじと愚痴が並ぶ。

 今から百年前のことだし、皇帝自身まだ生まれてもいない時代の話だ。


 手紙に綴られた美しい筆記体を目で追う気力も失せてしまう。

 もっとも、レオポルトの怒りにも根拠がないわけでもない。

 現在も、神聖ローマ帝国よりフランス王国の方が圧倒的に国力が強く、ヨーロッパの中でも抜きん出た存在であった。

 同じキリスト教圏ということもあり、異教徒オスマン帝国の進軍に対して頼みとしていたのは事実である。

 教皇インノケンティウス十一世が、ウィーン包囲に際してルイ十四世に援助を求めたのは実際の話である。


 しかし、フランス王はこれを拒否したという。

 フランスとしてはオーストリアがオスマン帝国と戦うことで、ハプスブルクが弱体化することを狙っているのは明らかであった。


 大国間の争いは、目に見える戦争という形だけで表れるものではない。

 レオポルトのフランス嫌いも、あながち感情論だけではなく、こういった根深い確執があったからであろう。

 そもそも近隣の大国同士が仲が良いことなど、あまりない。

 それは歴史が証明している。


 心の狭い皇帝は、そういう意味ではフランスから来たというパン屋の存在ですら決して快くは思わないであろう。

 彼によって包囲戦の間に王宮の庭が芋畑と化すかもしれないなど、美意識の高いレオポルトの耳には入れられまい。


     ※ ※ ※

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