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クロワッサン物語  作者: コダーマ
第三章 パン屋の正体

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願いは儚く(1)

「うぅ、鼓膜が……」


 リヒャルトは両手で耳を塞いだ。


「鼓膜が引きちぎられそうですぅ」


 破れるではなく、引きちぎられる──そんな表現がぴたりと当てはまるのは、声の主の異様なまでの声量のせいか。

 いや、そればかりではなく根本的に外れに外れた音階が不快なのと、戦場で鍛えた野太い声が高く低く唸り続けることによる何とも言えない気持ち悪さ。

 これは耳を塞いだところで消えてくれるものではない。


「グイード様、お上手ぅ!」


 なんて言って手を叩いているパン屋に向かって、信じられないという視線を送るリヒャルト。

 作戦とはいえ、何故この人は平気でいられるのでしょうか。

 味覚に特化した分、聴覚は雑な造りをしているのでしょうか。

 隣りにいる妹も最初こそ耳を塞いで顔を顰めていたが、今や慣れるとどうってことないわねという顔をしている。

 この人たち二人共、耳か頭がおかしいのでしょうか。


 自分がおかしいわけではないことは、見上げた王宮の窓という窓がバタバタと音たてて片っ端から閉まっていくことからも分かった。

 詰所脇の庭の片隅から、王宮いっぱいに響き渡るこの騒音。

 ここに皇帝がいないことが良かったとさえ思えてしまう。


 戦時中というこの緊急事態。

 王宮に詰めているのは軍人ばかり。

 しかし彼らとて、外の様子を察知するために開けていた窓に扉、閉められる所はすべて閉じて耳を塞いでいるに違いない。


「グイード様は歌がお上手だってシュターレンベルクが言ってたよ。本当なんだね」


「そ、そうか? しかし軍人を辞めて歌手になろうかと兄上に相談した時は、死ねと一言言われたのだが」


「あ、ああ……うーん、それは……まぁ、まぁ続けて、続けて。グイード様の美声に僕もう頭がグラグラしてきたよぅ……」


「クラクラではなく、グラグラとはどういう意味だ」


「その……感動して?」


「そうかそうか、そう誉められると張り合いもでるというもの。どれもう一節」


「うぐっ!」


 その悲鳴のような呻き声に、無神経なフランツも一応ダメージは受けているのだと、リヒャルトは何故だか少し安心してしまった。

 持ち上げられてすっかり気を良くしたのか、シュターレンベルクの副官は空を見上げ目を閉じて両手を広げ、すぅと息を吸い込んだ。

 悦に入って、更なる騒音を撒き散らす。


「さ、行こ行こ」


 フランツに肩をポンと叩かれ、リヒャルト、マリア・カタリーナ兄妹はそろりそろり。

 この場を後にした。


「静かに。でも誰かに見られても怪しまれないように堂々としてるんだよ」


「え、ええ……」


 声が固い。

 緊張しているのか。

 妹のいつになくしおらしい様子に戸惑ってしまう。

 背の高い彼女をちらと見上げると、鬱陶しい髪の隙間から腫れた瞼が覗くのが見えた。

 ずっと泣いていたのだろうか。

 どうしたら良いか分からず、途方に暮れていたのだろうか。


     ※ ※ ※

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