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クロワッサン物語  作者: コダーマ
第二章 黄金の林檎の国

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復讐の剣を(6)

     ※ ※ ※


 病室代わりの部屋を出たところでシュターレンベルクは立ち止まった。

 エルミアに刺された腹がチクチクと痛むのは、きっと気のせいだろう。


「もしかして暇なの、シュータレンベルク? じゃあ厨房を手伝ってよ」


 隣りでパン屋が失礼なことを抜かしている。


「朝から晩まで一人でパン作って、その間にスープ作って、兵隊さんに配って……忙しいったらないんだよ。それに、小間物屋がパンを勝手に高い値段で売ってたり、水で薄めたワインとか、混ぜ物をした蝋燭を売ってるらしいんだ。そんな苦情も、何でだか僕のところにくるんだよ」


「ああ、そうか。大変だな」


「何その言い方。他人事じゃない!」


 食品価格の固定化が命じられると、そういった闇市が出てくるのは想定の範囲内ではある。

 人懐っこさが仇となって苦情受付窓口にまでなってしまったパン屋には気の毒だがウィーン防衛司令官として、この件に関して手伝ってやれることは少ない。

 まぁまぁとパン屋の肩を叩いてやる。


「そう言うな。ところで、探し人は見付かったのか」


「えっ、どうしてそれを?」


 話題を変えたかっただけというシュターレンベルクの思惑に、フランツはまんまと反応した。

 双眸を大きく見開いてこちらを見上げる。

「僕が人探ししてるってどうして分かったの?」


 パンを広めるためか知らないが、戦時にこんな所にやってきたのは、それなりの理由があるのだろうと踏んでいた。

 鎌をかけてやったら、小僧はあっさり引っかかったわけだ。


「パ、パリで修行してて、そろそろ自分の店を持ったらって言われてて。けど、そんな時に手紙が来て。その……」


「誰から……女か?」


「お、おんなって……。そりゃ女だけど、何て言い方するんだよ!」


 何て分かりやすい。

 フランツの慌てふためく様ったら。

 そうだろう。戦争中の国に危険を冒してわざわざやって来るなんて、女が絡んでいる意外に考えられない。


「で、でも実際にウィーンにいるかどうかは分かんなくて。その……」


 先程の復讐とばかりに、シュターレンベルクはフランツに絡んだ。


「どんな女だ? 俺が探してやろうか。俺はウィーンのことなら何でも知ってるからな」


「い、いいよッ! やめてよ。ちがうよ。そうじゃないんだって!」


「何が違うんだよ。どんな女か言えって。年は? 髪の色は? 美人か?」


 ほら、すっかりこちらのペースだ。

 からかうたびに顔を赤くするフランツの頭をポンポン叩いてやる。


「いや、本当にウィーンに入ったんなら、名前さえ分かればすぐにでも探せるぞ? 宿か、各教会にいる避難民を調べればすぐにでも」


「そ、それもそうか」


 腑に落ちないという風にフランツは尚も唇を尖らせているが、指揮官の言う事にも一理あると思い直したか。


「あの、実はちょっとした訳があって。ううん、訳っていうか……心配なことがあって……」


「何だ? 何でも言ってみろ」


「うん、実はね……」


 フランツが口を開いたその時。

 灰色の影が二人を覆った。


「……分かっていたのよ。あの男は、あたしを見ていない」


 背後に澱んだ空気。

 暗い声が、驚くような近さでシュターレンベルクの耳を刺した。


 振り返ると、背の高い女が、二人をじっと見つめている。

 「陰気なマリア」──自分の娘がそのように陰口を叩かれていることは知っていた。

 それは若い娘にとってあまりに酷なあだ名である。

 しかし今、こうやって気配なく近付いてこられ、表情の見えない能面のような顔を向けられると、思わずその異名が浮かんでしまうのは致し方のないことであった。


「ど、どうかしたの、マリアさん。様子が……」


 底抜けに明るいパン屋でさえも、呑まれたように頬を引きつらせている。

 しかし彼女には意に介した様子はない。

 チラとフランツに冷たい視線をくれてから、今度は父の方に向き直った。

 それ以上の凍えた眼差しに、シュターレンベルクは言葉を失う。


「街に火をつけたのはあたしなの。アウフミラーと一緒に。ルイを殺したのもそう。放火したのが見付かったと思って……」


「やはりお前が……」


 その時シュターレンベルクの鼓膜を震わせたのは、腐った林檎が地面に落ちて潰れる音だった。

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