久々の帰郷
都心から車で一時間ほどの場所とは思えぬ緑深きその山。
そして、そこにはそれなりの大きさの横穴がある。
元々は自然にできた洞窟であったのだが、その山を購入した彼がそれを発見してからは急速に手が加えられ、最終的にはトンネルか地下壕と呼べるものに姿を変えていた。
巧妙に隠されたその入り口の前。
六日前にそこから出てきた彼が多くの荷物を抱えて戻ってきた。
正確にはすでに数回にわたって荷物を搬入するために戻ってきていたのだが。
「はあ……」
名残惜しそうに高い位置にある太陽を見る。
「まあ、今度こそ見納めになるだろうな。この世界の太陽は」
「と言いつつ、また来るかもしれん……」
そう言って中に洞窟に入る。
中に入り、少しだけ進むと、洞窟を塞ぐようにつくられたコンクリート製の壁が彼の目の前に立ちふさがる。
「これをつくったときは大変だったな」
その言葉とともに、彼は破損を確認するように何度かそれを叩くものの、びくともしない。
「まあ、当然か。強度には自信はあったし、なによりも出来てからそう時間が経っていないことになっているのだから」
再び謎めいたひとりごとを口にした彼が目をやったのは床面だった。
コンクリートが塗られた数センチの厚さを誇る重い鉄板。
それを動かすと階段が現れる。
そう。
それがこの壁の向こう側へ進む唯一の場所となる。
「今考えると……」
「もう少し便利な場所につくるべきだったな。そうすれば、大型機械も持ち込めたのに……」
「もっとも、この場所につくらなければ、四十年近くも魔法陣が無事だったということはなかっただろうから、プラスマイナスゼロと考えるべき。いや、急遽戻ることになったことを考えれば、やはりプラスと考えるべきだな。それにしても……」
「この異世界転移の魔法というのはいったいどのような仕組みなのだろうな」
そう言いながら、懐中電灯を頼りに階段を下り、短い通路の先にある階段を上ってその場所に入ると、彼はもう一度そのことを考える。
……たしかに私はここから異世界転移し、向こうの世界の人間として三十八年生きてきた。
……だが、こちらに戻ってくると、本来であれば三十八年間進んでいるはずの時間は一年どころか一日も進んでいない。まあ、たしかに魔術書にはそのように書かれていたし、そのおかげで色々と助かったいるだが……。
……パソコンが使えなくなっていたり、クレジットカードの期限が切れていたりしたら恐ろしいことになっていた。
……それどころか、知り合いもいない、家もなくなっている。
……まさに浦島太郎状態。
……そんなことになっていたら本当に浦島太郎の最期を実演していたかもしれない。
……だが、私は夢を見ていたのではないことは、私が身に着けていたものがこちらのものでなかったこと。そして、なによりも今回の軍資金として持ちだしてきた向こうの宝石がこの手にあったことが証明している。
……まあ、日本人相手に日本語ではなくブリターニャ語が出てしまったのもそのひとつといえなくもないのだが……。
……それにしても、いい値で売れたな。あれは……。
そこまで言ったところで、都内の買い取りショップで宝飾品を売り払ったときのことを思い出す。
……売れなかったらどうしようかと思ったが、ルビーは本物だったのでよかった。
……まあ、それはそれとして……。
……私が異世界に行っていた間、本当にこちらはどうなっていたのだろうか。
……時間が止まっていたのか?それとも、私が戻ってきた瞬間に時間が巻き戻されたのか?
……まあ、私には確かめる術はないのだが、少なくても私にとっては止まっていた時間が動き出した。それがこの感覚を表現するにふさわしい言葉だ。
……さて……。
……儀式を始める前に一応確認だ。
用意した室内ライトで明るくなった部屋で彼が確認しているのは壁や天井に描かれた怪しげな模様と文字で施された室内の装飾、いや、魔法陣である。
「まあ、戻って来られたのだから、問題はないと思うが……」
「……問題なし」
「それから転移後、違和感がないように向こうの服に着替えて……活舌を良くして……」
「では、いくか」
入ってきた入口を塞ぐ役目もする模様がついた鉄板を置き直すと、荷物を一杯に詰め込んだ箱を持った彼は床に描かれた魔法陣の中央に立つ。
「儀式を始める……」
その言葉に続いて、彼の口からは三十八年前に口にしたものと同じ呪文が流れ出る。
そして……。