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塩と砂糖

 塩。

 もちろんこの世界の生物にとってもそれは生存のために不可欠なものである。


 そして、ありがたいことに、この世界にも海がありその水は塩辛い。

 そう。

 それはいわゆる塩水であり、そこから塩をつくることは可能であり、実際に多くの場所で海水から塩を取り出す作業がおこなわれている。


 だが、すべての国が海岸を抱えているのかといえば、そうではない。


 アグリニオン国とアリターナ王国、それにアストラハーニェ王国の中間地点に位置するマジャーラ王国をはじめとした多くの小国は海を持たない。

 さらにその一方である大国アストラハーニェ王国もその領地の北と東には海が広がるものの、遥か眼下。

 すなわち、高い崖の下となるため、まったくとは言わないものの活用は難しい。

 つまり、彼らと同類。


 そして、魔族の国。

 この世にあるすべての陸地を支配していると豪語していた頃にはもちろん海に面していた地も領有していたものの、今はその面影はない。

 クアムートから北に進むルートの先に海はあるものの、そこは常に氷に閉ざされ、大規模に塩を取り出すのは困難だった。


 さらに、海があっても、この世界における海水から塩を取り出す主な方法である天日干しには不向きな国もある。

 ノルディア王国やブリターニャ王国がそれに該当する。


 では、そのような国ではどのような方法で塩を手に入れていたのか。


 もちろん海があれば、組み上げた海水を沸かし、水を蒸発させ、残った塩を取り出す方法もたしかにある。

 ただし、採算を考えればそれが好ましい方法かといえば違う。


 手っ取り早く、かつ安く大量に塩を手に入れる方法。


 まず思い浮かぶのは交易。

 実際にノルディア王国やマジャーラ王国などは多くの塩を輸入している。


 ということは、同様の立ち位置にある魔族の国も同じように交易によって塩を手に入れているのかといえば、答えはノーとなる。

 もちろん大海賊ワイバーンを介して人間の国から輸入することは可能なのだから、その答えは、魔族は塩の輸入ができないのではなく、しないということを意味する。

 では、海を持たず、交易品に塩を加えていない彼らはどうやって塩を手に入れているのか。


 実はこれも別の世界と同じである。


つまり、答えは岩塩。


 岩塩。

 この世界で言うところの山塩である。

 その成り立ちについては説明を省くが、王都イペトスート近郊での特大の岩塩鉱の発見と、その採掘の成功のおかげで海を失った今でも魔族は十分な量の、しかもきわめて良質な塩を手に入れることができるのである。


 そして、最近ようやく交易ができるようになったものの、それまでは事実上の鎖国状態にあったアストラハーニェ王国の状況は同じである。

 そう。

 彼らの国にも多くの岩塩鉱山といくつかの塩湖が存在し、そこから塩を手に入れていた。

 だから、海が利用できず、さらに交易が出来なくても、塩には不自由してこなかったのである。


 さて、そういうことでこの世界の塩事情について一応の説明をしてきたわけなのだが、当然そうなれば、その対極にあるものについても触れなければならないだろう。


 対極にあるもの。


 それはもちろんあの甘味料、つまり砂糖についてである。

 実を言えば、この世界に砂糖が登場したのはそれほど昔というわけではない。


 では、それまでこの世界の甘味料はどうしていたのかといえば、答えはもちろん蜂蜜ということになる。

 そう。

 砂糖が登場する以前は、甘味料といえば、蜂蜜。

 というより、甘味料とは蜂蜜とほぼ同義語。

 それくらいに、その選択肢は狭かったのである。

 もちろんそれ以外に果実などによって甘味は手に入れられてはいたのだが、甘味料として料理に加えるとなれば、やはり蜂蜜。

 そういうことで、養蜂業はどこの国においても高収入を得られる職業であった。


 その養蜂業の牙城を崩そうと、砂糖を携えてやってきたのは海の果ての住人。

 海賊である。


 どうやってそれを発見し、どのようにしてその抽出法を思いついかについてははっきりとは言えぬが、とにかく南の海に浮かぶ島のひとつでそれを見つけ、試行錯誤の末、この形にすることに成功した。

 もちろんその苗と抽出技術は本来門外不出にすべきところなのだが、婚姻関係によって絆が深まったふたつの大海賊にはいくつかの秘伝以外は伝えられ、現在に至っている。


 それがその内幕について語った大海賊コパンの言葉となる。


 ただし、これはごくごく内輪の話であり、外向けには彼はまったく別の話をしていた。


 それがどのようなものだったかといえば……。


 持ち込まれた砂糖と名付けられたその甘味料。

 当然、「世界の中心に住まう者たち」は、その甘さに夢中となり、続いて自らが生産者になろうと画策する。

 そこにこのような噂が流れる。


「実は山塩と同じように砂糖も岩の間に埋もれている。海賊たちはその鉱山を見つけ、掘り出しているのだ。そして、実を言えばその砂糖は山のあちこちに埋もれている。それを隠すために海賊は山糖と言わず砂糖と称している」


 むろんそのようなことがあるはずはなく、この噂は砂糖が植物由来であることを秘匿するため、色の違いはあるものの見た目が似ている塩をカモフラージュとして使った海賊が意図的に流したデマである。

 だが、この策は功を奏す。

 この世界の砂糖は二十一世紀の日本では当たり前である白糖ではなく茶色、所謂ブラウンシュガーであることもこの噂に信ぴょう性を持たせた。

 その噂を聞いた一攫千金を夢見る多くの者たちは争うように山に入り、掘り返した土を口に含んでは顔を歪めて吐き出すという珍妙な光景がいたるところで目撃される。

 まあ、当然であるのだが、そのような方法でいくら探しても砂糖は見つからない。

 だが、これでその熱が冷めたかといえば、そうはならず。

 いまだ幻の岩塩ならぬ岩糖探しは各地でおこなわれている。

 これが砂糖を巡るこの世界の現状となる。


 さて、そういうことで、砂糖の独占状態がまだまだ続きそうな大海賊だが、八人の大海賊のうち実際にサトウキビの生産及び糖の精製をおこなっているのは南海に拠点を置き、それなりの土地を持つ三人の大海賊。

 ひとりはこの世界の砂糖の約六割を生産する砂糖生産の始祖コパン。

 続いて三割を生産するワシャクトゥン。

 そして、残りの一割の生産をするウシュマルとなる。


 本来であれば、ここからシェア拡大のために競い合い、価格競争が始まるところなのだが、そこは目に見えぬ場所で手を結ぶ大海賊。

 値崩れ防止の協定が結ばれる。


 砂糖に関しては主導的地位にあるコパンは一国のものとしては一番大きな市場を持つ魔族の国への輸出を独占し、以前から魔族と窓口を持つワイバーンを通じて砂糖を売る権利を手に入れる。

 残りは人間世界向けとなるわけだが、他の商品同様それらはすべてアグリニオンの商人に卸す。

ただし……。


 最低価格は決めるものの、上限はない。

 つまり、商人たちは扱う量を増やしたければより高い値で買い取るしかない。


 そう。

 これはあの胡椒と同じ図式。

 なかなかどうしてアグリニオンの強欲商人の上を行く大海賊たちのしたたかさを示すものといえるだろう。


 それから、もうひとつ。

 その理由は実際にそれを献上するアグリニオン商人にも伝えられていないのだが、コパンは毎年このような言葉とともに大型の木箱を用意する。


「これはブリターニャ王室のためにつくられた砂糖である。間違いなく国王陛下に届けるように」


 そして、その届け先で開封されたその箱には、この世界ではお目にかかることがほとんどない純白の砂糖と、色合いこそよく見かける砂糖と同じものであるものの、その味はまったく違う砂糖が、ブリターニャ語で「A・B」というその送り主に関わりのあるものらしい文字が書かれた紙とともに収められていた。


 A・B。

 それが誰を示すものなのか。

 それを知るのは受け取り手のなかでもほんの一握りの人間だけとなる。

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