ブリターニャ王国第一王子が語る勇者との正しい戦い方
ブリターニャ王国。
その王都から十日ほど歩いて到着する、勇者とその仲間である兄弟剣士の故郷である小さな町ラフギール。
最近その町で新装開店した小さな酒場。
諸事情により、いまだブリターニャを離れられない勇者一行。
その原因をつくっている人物でもある、そのグループの実質的なリーダー兼スポンサーであるこの国の第一王子は、夜になると毎晩のようその酒場に姿に現していた。
転移魔法によって。
王都からわざわざ。
もちろん王城にも、王都内にも王族にふさわしい社交場はあるのだが、そこは彼の好みではないうえに、なにしろ彼が好むあの酒がない。
しかも、酒の肴となるものはこの世界に誇るブリターニャ王国自慢の逸品たち。
最近になって突如美味なものを覚え込んでしまった彼の舌がそれに耐えられるはずがない。
つまり、こうなるのも当然といえば当然の成り行きといえる。
そして、今晩もその店に現れた彼の隣には女性がひとり。
愛人?
一国の王子の相手にふさわしい外見を持つその女性は、遠くから眺めればたしかにそう見える。
だが、当事者たちは即在にそれを否定する。
特に女性の側は。
その女性が口を開く。
「私には色々やることがあるから構わないけれども、ファーブたちは力を有り余って困っているようです」
皮肉交じり、というよりは、ほぼ皮肉だけで出来上がったその女性の言葉に男はまずため息で応じ、それから出来の悪い弟子をもった師匠のような言葉を続ける。
「畑の手伝いでも、開墾でも彼らの力が必要なところはいくらでもあると思いますよ。まだまだ力仕事ができる人は少ないのですから」
「……まあ、それはそうなのですが……」
男のそれを凌駕するようなため深い息に続いてその女性が口にしたのは少々重い内容が含まれているものだった。
「……要するに、彼らが望んでいるのは魔族相手に剣を振ること。そういうことだと思います。このまま放っておくとどこかの部隊に志願しそうな勢いだったですね。今日の様子では」
「なるほど」
「まあ、あの話はもうすぐケリがつくのでまもなく出かけられるでしょう。三人が今度ぼやきにやってきたら、もう少しだけ待つように伝えておいてください」
「わかりました。ところで……」
「今日は暇つぶしも兼ねてひとつ尋ねたいことがあるですが、よろしいですか?」
女性は相手の男が頷くのを確認すると、言葉を続ける。
「あなたが、あなたの待ち人である魔族の将の立場だったら、私たち勇者一行をどうやって倒しますか?」
唐突にやってきたその質問。
暇つぶしと念を押してはいるものの、この女性は自分と同類。
口に出した言葉が真実を語っているとは限らない。
男は当然のように探りを入れる。
「勇者一行をどうやって倒す?つまり、勇者との戦いかたということですか?」
問うた相手から同じ形で戻ってきたその言葉にその女性は薄い笑みを浮かべ、そして答える。
「そうなります。あなたのことですから、当然考えていないわけではないのでしょう」
「まあ……」
「……そのとおりですが」
「それは秘密にすることなのですか?」
「いいえ」
「では、教えてください。特別に一杯タダにしてあげますから」
「できれば二杯分を……」
「いいでしょう。一応言っておけば、本当に特別深い意味はありません。あくまで酒の肴です」
「なるほど」
この店のオーナーであるその女性は一国の王子からのものとは思えぬくらいに非常にささやかな要求をあっさりと承諾し、交渉は成立する。
……彼女の言葉が本当かどうかはわかりませんが、まあ、いいでしょう。
……私もこの手の話をすることは嫌いではありませんし。
心の中で呟き、自らに向けて嘲りの笑みを浮かべる。
「では……」
そう前置きしたその男、アリスト・ブリターニャは口を開いた。
「まず前提となるのは……」
「魔族の将がどのような立ち位置で勇者と向き合っているのかということです」
「それに加えて、どの程度まで勇者一行の力を把握しているかということも重要ですね」
「……立ち位置と言われても、勇者を倒すということが彼らの戦う目的なのでしょう」
「まあ、たしかにそのとおりなのですが……」
一瞬後、女性からやってきたその言葉はたしかに間違っていない。
だが、その先にあるものについて問うたつもりだったアリストにとって少々期待はずれといえるものでもあった。
……ですが……。
……ここは言い方が悪かったと考えるべきですね。
少しだけ反省した男が再び口を開く。
「では、言い方を変えましょう。魔族の将は勇者をどのような目的で倒したいと思っているのでしょうか?」
「倒す目的?」
「そう。それによって戦い方は変わりますから」
そこまで言ったところで、もう一度女性の表情を眺めたアリストは、彼女がその言葉自体にまったく納得していないことを察する。
……これでもまだ足りませんか。
……では、もう少し言葉を加えましょう。
「魔族という種族。その存続を望むために彼らは戦っているのか?それとも、単純に私たちが目の前にいるからということが彼らの戦う理由なのかということです」
ここでようやく女性が口を開く。
「その意味するところは同じではないのですか?」
「同じようですが全然違います。残念ながら」
ブリターニャ王国第一王子はそう言うと大きく息を吐く。
「たとえば、彼らの行動は目の前にいる者はすべて倒さなければならないと思っているだけでそれ以上の意味はない。これならば、勇者を見つけ次第叩きに来るのは理解できます。ですが、そうではなく、彼らの最終目的が魔族という種の存続。そのために戦っているということならそれとは別の選択肢もあるということです」
「……それは、もしかして、そちらの場合は勇者とは戦うべきではないと言いたいのですか?」
女性が、男の回りくどい言い回しのどの部分からそれを導いたのは定かではない。
もしかしたら、長い間行動を共にしていた経験や、その過程での多くの会話を糧にそこに辿り着いたのかもしれないが、とにかく女性が口にした一見すると正解とは思えぬその言葉。
だが、それこそが男の望むものだった。
その言葉を聞いたブリターニャ王国の第一王子は薄い笑みを浮かべる。
短いこの心の声とともに。
……一気に核心に辿り着きましたか。
それから、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「そういうことです。まず大事なのは、確実に勝てるわけでもない相手とは戦うべきではないということです」
「そのことを踏まえて、次の段階に進みます。私の見立てでは、私の待ち人である魔族の将とその配下は我々と同等。若干我々というか勇者の方が有利かもしれないということになります。さて、相手も私と同様の見立てをしていたら魔族の王はどう動きますか?」
「いや。もう少しわかりやすく言いましょう。彼らは勇者一行に勝つのはやや難しい。ですが、その他の相手ならほぼ完璧に勝てる。フィーネが魔族の王ならそのような部隊を勇者にぶつけて使い切ってしまいますか?」
「……なるほど。そういうことですか」
フィーネと呼ばれたその女性は小さく頷く。
「いつかはぶつけるにしても、その前に勇者一行以外の戦場にその部隊を投入し、確実に勝ちを収めていくでしょうね。状況を好転させるために」
「まあ、それが賢明な判断といえますし、現実も同じような歩みをしています」
同じような歩みをしている。
つまり、魔族の王や軍幹部もフィーネと同じ選択をしている。
その男はそう断定した。
だが、実際には、彼らの待ち人、すなわちグワラニー率いる部隊が勇者たちの前に現れないのはそれとは別の理由によるものだったのだが、それは魔族軍の中でもごく一部の者しか知らないこと。
当然その情報に触れることができないブリターニャ王国の第一王子は実際に起こっていることに基づいてそう推測をしたわけなのだが、結論を言えばそれは間違っていたということになる。
だが、アリストの言葉はそうであっても十分な整合性があるうえ、その理由というのも、「勇者を倒した者が次の王位に就く最短距離」であるため、部隊の配置する者が意図的にグワラニーを勇者が姿を現わさない戦場に投入しているという権力闘争の類であり軍事的なものとは無関係。
そのような正解を導き出せるのは神をおいているはずはなく、もちろんそのような存在ではないアリストにそれを求めるのは酷というものである。
それにこれはフィーネの言葉どおり、酒盛りの最中の戯言の類。
それが多少外れていても誰も困ることはない。
もちろんそれを咎める者などおらず、話はそのまま進む。
愛飲する米からつくられた酒をひとくち含んだ男は言葉を続ける。
「そして、ここがもっとも重要なことなのですが……」
「勇者は軍ではない」
「軍ではない?」
「もう少しわかりやすくいえば、たった五人しかいない」
「それで?」
「つまり、勇者たちには、彼らが去った後、自分たちが魔族から解放した場所を守備する者を抱えていないという問題が生じます。魔族軍はその穴をつけばほぼ無傷で土地を取り戻せます」
「それは……もしかして、勇者をやり過ごし、彼らがいなくなったところで、奪われた地を奪還するということですか?」
「そのとおり。この策をとれば、奪われているのは常に勇者が滞在している周辺のみということになります。さらにこの策を応用すれば、勇者そのものを戦わずに無力化できます」
「……たしかに」
言われてみればたしかにそうなのだが、実を言えばそれは彼女にとって非常に衝撃的な内容だった。
……そうだ。
……私は映画など影響で、ひとりの勇者が魔族たちを倒しながら、その世界を支配する魔族の王が待つ王都に向かい、最終決戦をおこなうというストーリーを簡単に受け入れてきたが、魔族が勇者に合わせて行動をする必要はないのだ。
……勝てないと思えば、身を隠して勇者をやり過ごす。
……そうして、温存した戦力で勇者が消えた土地を奪い返せばよい。
……さらに言えば、世界は一本道ではない。
……たとえ勇者が圧倒的に強くても、勇者と違う場所で攻勢に出ることは可能なのだ。
……そうすれば、結果的に勇者の足を止めることだってできる。
……強者と直接戦わずに目的が達成できるというわけですか。
……ん?なにかそれ、どこかで見たことがある光景ですね。
もちろん彼女が思い浮かべた光景とはグワラニーが先鞭をつけ、多くの魔族がそれに続いたあれである。
……魔族軍がそれを着実に実行していけば、勇者とその数人仲間だけで世界中を平和にする映画や冒険小説のようなことは起こり得ない。
……もちろん魔王を倒せばすべてが終わるのなら話は別だが、実際には頭だけを狩っても体の大部分が残っていれば、当然それを率いる者は現れる。
……つまり、その話は成り立たないというわけです。
……なぜそれに気づかなかったのでしょうか。
……もしかして、これが固定概念というやつですか。
……ですが……。
「そうは言いますが、現実はそうなっていません。これはどういうことなのでしょうか?」
少々の自嘲を込めた女性からの言葉。
男は淡々とそれに答える。
「その現場にいてその大部分を倒したフィーネに言うのはおかしなものなのですが、それはそこを守備する者は皆勇者と戦い、倒れてしまったからです。どうやら魔族軍の兵士だけではなく、その指揮官も目の前に敵が現れたら必ず叩くという習慣が体に染みついているようです。さらに、彼ら魔族は『我々は人間十人分の力がある』と吹聴しています。僅かな数の人間相手に戦わずに逃げるという発想はないのです」
「なるほど」
……最初の問いはこれを踏まえてのものだったのですね。
ようやく男が意味不明な問いを投げかけてきた意味を理解した女性は薄く笑う。
「つまり、魔族の兵士は強力な敵と正面からぶつかり、勝利することに戦いの価値を見出しているわけですね」
半ば、戦っている者たちを嘲る女性からやってきたその言葉に男も頷く。
「まあ、彼らの中では楽に勝てる相手だったのでしょうからそう考えていたのかは少々怪しいのですが……」
「ついでに言っておけば、負けたら滅びる。国の命運がかかっている戦いの最中に、勝てる確率が低く、さらに避けることもできるどころか、本来の目的から考えれば不要であるにもかかわらず、己の誇りや名誉のために戦いを始めるような者や、吟遊詩人が語る英雄譚の主人公になったかのように勝ち負けを度外視してその場の乗りや勢いで戦いを始める者。聞こえのよいが無責任きわまる不名誉な退却より名誉ある死を選ぶ者。そのような者を私は評価しません。特に多くの兵を預かる者は」
「では、目の前で救うべき民が敵になぶり殺しに遭っていたら?」
「もちろん救えるものなら救うべきです。ですが、ひとりの民を救うために百人の兵を失ってもいいのかという計算はすべきです。さらにいえばその百人を失えば、本来の目的が達成できないとなれば見捨てることも考えなければいけないでしょう。遠い先にある百の利のために十を失うことはあっても、目先にあるひとつの利のために十は失ってはならないのですから。ということで……」
「先ほどとは逆に、それが目的達成のためには必要であるのなら、目の前で同胞が殺されていても、見捨てることができる指揮官。勝利のため、もう少し言うのなら、生き残るためなら、己の名誉や誇りなど躊躇いなく捨てられる指揮官。そのような者たちを私は尊敬しますし、それが戦う相手であるならば恐れもします」
……なるほど。
……負けてもリセットすればやり直しができ、傷ついているはずなのに痛みなどまったくないゲーム。主人公は絶対に死ぬことがない物語。そのような世界のなかであれば、準備もなしにその場の勢いだけで絶対的強者との戦いに挑むことはできる。ですが、命がかかる本当の戦いでは、そうはいかないということですか。
……相手の力量を見極めて弱点を探し、必勝の策を考え、それに必要な多くの準備という地味で面倒な作業をおこなってからようやく戦いに挑む。
……まあ、これはファーブたちが毎回のように実地で失敗の見本を見せてくれているのでわかっていましたが。
……そして、トリアージ。
……すべてを救えるわけではない以上、どこかで線引きをしなければなりません。
……それをおこなうのはトップの務め。いや。義務なのです。
……まあ、きれいごとや理想論を口にしてその義務から逃げる者も多いのですが。
……それにしても懐かしいです。
……トリアージという言葉。
……この世界に来てこの概念に出会うとは。
……しかも、以前よりも数段階高レベルの。
……まあ、ありがたいことに私はアリストと違い為政者側の者ではないので、その義務からは解放されているのですが。
その女性フィーネ・デ・フィラリオは心の中で自らの言葉をそう締めくくった。
「さて……」
「本当にすばらしい講義でした」
「……ですが、アリスト」
ブリターニャ王国第一王子からの話を聞き終えた女性はまず感想を口にし、そこからさらに言葉を重ねる。
「それでは、あなたは私の質問の半分しか答えていません。すべてを聞かせるということで二杯の酒をご馳走することにしたのですから、すべてを話してもらいますよ」
……ファーブたちなら、ここで切り上げられたでしょうが、フィーネ相手ではそうはいきませんね。
「あとの半分とは何でしょうか?」
「決まっているでしょう。私たち、というか、勇者一行をどうやって倒すかということです」
……まあ、そうでしょうね。
「ちなみに、フィーネが魔族の将であれば勇者とどう戦いますか?」
「それは私が聞いていることです。と言いたいところですが、アリストのおもしろい話に免じて今回は特別に答えてあげます」
いつもなら、けんもほろろにその手の言葉は払いのける女性だったが、アリストの誘いをそう言って乗ると宣言し、そこからさらに言葉を続ける。
「あなたが設定した彼我の力関係であれば、その魔族の将も勇者と戦った場合、良くて相打ち。おそらくは僅差かもしれないものの、結果は敗北。もし、このような判断をしているのであれば……」
「もちろん、それはその魔族の将が好きな相手と好きな場所で戦えるという前提条件はありますが、もし、私がその将であるのなら……」
「勇者以外の敵を狩りながら時間を稼ぎ、勇者が朽ちるのを待つ。そして、決着は勇者がこの世に存在しなくなってからつける。まあ、きれいな勝ち方でもありませんし、それどころか勇者とは戦わないわけですから、勝ったとは言えません。ですが……」
「魔族という種を残すというそれが目的ならそれが一番でしょうね。まあ、戦闘狂のファーブたちなら絶対にこのようなやり方には反対するでしょうが。さて……」
「今度はあなたの番ですよ。アリスト」
促すというより、強要すると表現したほうがいいような雰囲気を漂わせる女性の言葉に対して、男は薄い笑みで応じる。
「そうですね。では、聞いていただきましょうか」
「私の考える勇者の倒し方を……」
魔法が使えない空間での戦闘に持ち込み、数万の兵で純粋な剣の戦いに持ち込む。
数万対四人の剣士の戦いに持ち込む。
「実を言えば、この手を使われたら、完璧な形で勝利を収めるのは難しいです。その理由は先ほども言ったとおり、いくらファーブたちがこの世界の最強であってもひとりあたり一万の魔族軍の剣士を相手して勝利を収めるのは不可能。相手が五桁になったところで勝利には絶対に代償が必要となります」
「つまり、その時点で三人のうちの誰かは死んでいると……」
「そうですね。それがその三倍ともなれば、残念ながら勝ち目はないと思ったほうがいいでしょう」
「……それで……」
「当然逃げます」
「逃げる?」
「はい」
アリストの口から飛び出した「逃げる」という言葉。
前段階で状況を説明されているのだから、それは当然と思えるのだが、フィーネの心には何か引っかかるものがあった。
「……ただ、逃げる?その相手を見た途端に?」
「はい。大急ぎ、かつ全力で」
フィーネからやってきた疑わしさを漂わせた問いにハッキリとそれを肯定してからアリストはニヤリと笑う。
「戦わずに逃げることに何か問題でも?」
「……そういうわけではないのですが、何か釈然としないものがあります」
「まあ、そうでしょうね」
「それまで無敵を誇っていた勇者チームが一合も剣を交えることなく戦場から逃げ出す。それも恥知らずのような敗残兵の体で。無敵。無敗。そのような看板を打ち捨てて。本当にそれでいいのか?と」
「まあ、そういうことです」
「おそらく相手もそう思うのではないでしょうか?そして、こうも考える。おかしい。もしかして、あの逃走は擬態。罠がある場所まで自分たちを誘引しているのではないかと」
「なるほど。それで追撃開始が遅れると?」
「そうです。もちろん我々にはそのような手札はありません。ただひたすら逃げるだけです。ただし、これにはただ勝てそうもないから逃げるというだけではない重要な要素が含まれます」
「時間の消費ですね」
「そのとおりです」
フィーネからやってきた言葉に頷くと、アリストはさらに言葉を続ける。
「例の魔法は効果絶大。その魔法が解除されないかぎり他の魔法は一切使用できない。しかも、それを戦場で使用するのですから、その術者は高台に立ち、その領域である視界が届く範囲を最大にするでしょう。ですが、その分消耗も激しい。それを保っていられるのはそう長くはない」
「たしかに」
……以前聞いた話では、アリストでもその魔法を最大範囲で展開させるのはこの世界の一時間がギリギリ。
……つまり、一時間逃げ切れば助かるということですか。
……視界を遮るものがあればさらに短時間で安全圏になります。
……まあ、その魔法を使うのですから相手だってその程度のことは考慮にいれてくるでしょう。
……ということは……。
「私が魔族の将で、この魔法で勇者一行を討ち取る気であれば山などではなく、どこまでも続く平原をその戦場と選ぶことでしょう。時間以外の障害はなくすために。もちろん逃走を阻むためにギリギリまで自らの懐に誘い込む」
……まあ、そうなるでしょうね。
「それと……」
「これは勇者側の話となりますが、逃走の優先順位筆頭はもちろんフィーネ、あなたです」
「私ですか?」
「当然でしょう。あなたさえ生きていれば、残りの四人はたとえ切り刻まれ、さらにその肉片を焼かれて灰になっても復活できるのですから。ですから、このようなことが実際に起こった場合は、あなたは一番に逃げなければなりません」
……つまり、死者蘇生を使うとわけですか。
「よく覚えておきましょう。まあ、ありがたいことに肝心の魔法無効化の結界を扱えるだけの魔力を持った者が魔族はいないわけですからそのような事態になりようがありませんが」
「……まあ、そういうことです」
この日の話はこの言葉で終わる。
もちろんこの話はあくまで仮定のものであり、ふたりもこれは楽しむだけのものであることを十分に承知していたのだが、実は多くの事実を含んでいた。
ふたりが「待ち人」と呼ぶ魔族の将グワラニーの、戦いに際しての基本姿勢と勇者への対応方針はアリストの言葉と同じということがそのひとつとなる。
だが、さらに重要なことがある。
それは……。
アリストが最後に口にした勇者チームを倒す最良の策の核である魔法無効化結界。
実はこの魔法を大掛かりな戦闘に耐える形で使用できるこの世界で三人目の魔術師がグワラニーのすぐ近くにいたのである。
もちろんその魔術師は師から魔法無効化結界の存在を教えられ、それほど遠くない未来にグワラニーにもそれが伝えられることになる。
つまり、グワラニーはそれを核に対勇者の策を練ることは可能だったのだ。
では、グワラニーはそれをどのような形で利用するのか。
それはいずれやってくるふたりの対決時に目にすることになる。
大いなる茶番とともに。
だが、その前にグラワニーによって魔法無効化結界が大々的に使用される。
その場所は……。