アドニアが問う赤い悪魔の由来
「ところで、チェルトーザ様。今回の仕事にはまったく関係のないことなのですが、以前にから気になっていたことがあります。それについてお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんですとも」
アストラハーニェから小麦搬入初日。
ヴァルペリオの港を一望できる高台にあるレストラン「ポルト・ヴェネーレ」のなかでももっとも眺めの良い席と人気のあるテーブル。
そこでの食事中に、そう問うてきたアグリニオン国出身の少女アドニア・カラブリタの言葉にアントニオ・チェルトーザは鷹揚に応えると、少女がもう一度口を開く。
「では……」
「チェルトーザ様が率いていらっしゃる『赤い悪魔』ですが、この名前はどのような由来があるのでしょうか?」
赤い悪魔。
むろんチェルトーザが率いるエリート交渉集団の名である。
交渉に臨む彼らはスカーフやネクタイなど身に着けるものの何かは必ず赤いものとなっているのは有名な話。
当然そこからその名はやってきた。
と言いたいところなのだが、それではあきらかにその名は後付けということになる。
もちろん、それは名の由来ではない。
……さて、あなたはどう答えますか。アントニオ・チェルトーザ。
そう。
これは彼女がしかけた罠だった。
彼女が赤い悪魔といわれて、まず思い浮かべるのは彼女が元いた世界に存在したイギリスのサッカーチームの愛称である。
さらに、元ミリオタの知識と、アリターナという国から想像できるある国を結び付けると、より強烈な個性をもったものを思い浮かべざるをえない。
それは……。
イタリアの赤い悪魔。
敵国より与えられた非常に性能の悪い手榴弾の名である。
……そもそも、この世界で悪魔というのは、宗教上の存在である神の敵というよりも、魔族を示すことのほうがより身近。
……だから、赤い悪魔とは赤い魔族という意味となる。
……まあ、彼らは目が赤いからその辺から赤い悪魔ということも考えられるが、いずれにしても、人間が忌み嫌う魔族と名乗ることなどあり得ない。
……つまり、何か別の意味があるかもしれない。
……たとえば……。
……本当に「イタリアの悪魔」とか。
そう。
彼女はわずかではあるが、目の前にいる男を疑っていた。
もしかしたら、別の世界からやってきた者ではないかと。
そして、その根拠となったものが、あの「レンサクショウガイ」という言葉だった。
……相手は私が同類の者などとは思ってもいないだろうから、もしそうであるのなら油断してそれらしいものを匂わせる可能性がある。
アドニアはそう考えたのだ。
だが、相手はこういうことに関しては一枚上手。
さらにこの前の件もある。
十分に配慮はする。
そのうえ、これは過去に何度も問われたことでもある。
なにひとつ元の世界の香りがしないものを口にする。
まさに流れるように。
「まあ、たしかに物騒な名ではありますが、これは私が駆け出しだったころに相手を威圧するのが目的でそう名乗ったのが由来です。魔族のように恐ろしい我々と対立するのは得策ではないぞという。そして、わざわざ交渉の度に花屋に行ってなけなしの金を払って赤いバラを買い胸に指していた。今となっては笑い話にもならないものなのですが」
男はそう言って笑った。
もちろん表面上は過去の自分を。
だが、実際にはほぼすべてが作り話であるそれを。