魔法を否定する魔法
魔族の国。
その北部の要衝クアムート。
臣下が領地を所有することを認めてこなかった魔族の国。
その慣例を破り、現在の王によってその一帯の領有を許された魔族の将グワラニー。
現在、その彼の目の前には魔術師がふたり。
ひとりはグワラニーの部隊の魔術師長であり、それと同時に、魔族世界での頂点の地位にある魔術師アンガス・コルペリーア。
そして、もうひとりは彼が溺愛する孫娘となるデルフィン。
ちなみに、グワラニーの婚約者であるこの少女は、人間種ということもあり、見た目上は十歳前後の子供にしか見えない。
そう。
つまり、別の世界に即していえば、同じ人間種であるので見た目上は高校生レベルのグワラニーは、小学生に見える少女と婚約しているということになる。
犯罪?
それとも、羨ましい?
もちろんこちらでは法律違反というわけではないので、それはそれぞれの感性に任せるしかないのだが、少なくてもこちらに来る前は「年上で胸の大きい女性」が恋愛対象であったグワラニーの基準でいけば、少女はすべての点において規格の外の存在といえる。
それにもかかわらず、なぜ婚約にまで至ったのかといえば、それはもちろん利益のため。
すなわち、アンガス・コルペリーアが門下の魔術師とともに自軍に加わる条件がデルフィンとの婚約だったのである。
まあ、それは彼にひとめぼれした孫の願望を叶えるための後出しじゃんけんのように提示されたものではあったのだが。
もちろん老魔術師を仲間に引き入れたあとに適当な理由をつけて婚約はなかったことにもできたかもしれないのだが、それをグワラニーがあえておこなわない、いや、おこなえない理由。
冗談抜きに言ってしまえば、それはこの時点ですでに祖父を凌駕し、勇者チームの一員であるあの男に匹敵するという彼女の魔術師としての驚くべき能力である。
そう。
常に少数で多数を相手にすることを余儀なくされている彼はその能力を有する彼女を手放すわけにはいかなかったのである。
もっとも、自らの生存と利益のための婚約継続であるというものの、グワラニーが少女を邪険にしているということはなく、時間を見つけては顔を合わせている。
この日のように。
そう。
今日も、本来であれば、そのような類のものであった。
だが……。
「……魔法無効化結界?そのような魔法が存在するのですか?」
唐突にやってきた言葉に、グワラニーがその具体的内容がわからぬまま反応してしまうと、その言葉の出どころとなる孫娘を溺愛する老魔術師はニヤリと笑う。
「ああ。ただし……」
「それを行使するには膨大な魔力を必要とする。大部分の魔術師は展開することすら叶わん」
「魔術師長は?」
「当然できる。だが、戦闘に使用できるくらいの領域に展開させるとなると、時間的に使用できるとは言い難い」
「と言いますと?」
「最大で二ドゥアから四ドゥアほど」
二ドゥア。
この世界の二分にあたるもので、別の世界で約十五分となる。
四ドゥアであってもその倍。
……たしかにその時間内に戦闘にケリをつけるのは難しい。
……だが、それにもかかわらず、この場で何の前触れもなくそれを持ちだしてきたということは、もうひとりは違うということか。
……つまり、それを尋ねろということだろうな。これは。
老人の意図を汲み取ったグワラニーが口を開く。
「ちなみに、デルフィン嬢は?」
「……半日ほどになります。グワラニー様」
この世界の半日とは昼間の半分である五セパ。
ついでに言っておけば、この世界の一時間である一セパは五十ドゥアとなり、八十三分強。
つまり、五セパとは七時間を少し切る程度。
十分に戦える時間である。
「……すごい」
……これがこの国のトップの魔術師と言われる師と、デルフィン嬢の差ということか。
……本当に大きい。
「ちなみに、師がこの世界最高の魔術師という勇者一行に加わる魔術師は?」
「デルフィンと同程度と思っていいだろう。もうひとりである銀髪の魔女についてはよくわからんが、少なくてもあの男より上ということはないだろう」
「なるほど」
グワラニーが心の内で計算を始めるのを眺めながらの、老人の言葉は続く。
「まあ、デルフィンも昨日初めて試してみたので、使いこなすまではもう少し時間がかかるだろうが、実用化の目途が立ったところで、ますグワラニー殿には知らせておくべきだろうと考えたわけだ。これを核にした策を考えるために」
「ありがとうございます。では、そのために概要だけでももう少しお聞かせください」
「むろん」
グワラニーからリクエスト。
そこからこれまで何度もおこなわれた老魔術師とグワラニーとの問答が始まる。
「まあ、その名のとおり。この魔法は防御魔法の最高峰といえるだろう。なにしろこの術が展開している間はその領域ではどんなに力のある魔術師であっても他の魔法は一切使えないのだから。ただし、対魔法に特化しているので、物理的な移動は自由になる」
「つまり、領域内の出入りは自由ということですか?」
「そうだ。そこが通常の結界とは違うところだ」
「……ちなみに魔法でつくられた火球は?」
「制限されるのは魔法の行使なので、当然やってくる。その点は注意すべきだな」
「承知しました」
「それから、もうひとつ。すでに防御魔法を身に纏った者はどうなるのですか?それが解除させるということになるのでしょうか?」
「いや。そのような状態の者は結界に入れないということになる。だから、この術を展開させるには、いつおこなうのかということが重要になる」
……タイミングということですか。
「そうなると、この魔法を避けるために防御魔法を常に施せばいいわけですね」
この世界には存在しない言葉で老人の説明を補ったグワラニーの口から、提案という形で新しい問いがやってくると、それを受け取った者は再び黒味を帯びた笑みを浮かべる。
「まあな。だが、その状態で結界が張られたら、結界が張られた部分には立ち入れない。つまり、周囲が結界となれば移動できないどころか動くこともできないということになる。それはその者にとってさらに厄介な状況になるのではないか?」
「……たしかに」
「まあ、そういうことで魔術師はそのようなものに出くわしたら逃げるに限るというわけだ。さて、まだまだ細かい説明はあるのだが、凡そはそのようなものだ。どうかな?聞いた感想は」
「いいですね。たしかにこれはすばらしい武器になりそうです」
……これはいい。
グワラニーは実感の籠った言葉を心の中でもう一度口にする。
……もちろんこれまでは効果的な戦う手立てがなかった勇者チーム。この魔法は彼らに対しての十分に効き目のある一手になるのは間違いない。
……だが……。
……まずは目の前に迫ったマンジュークの防衛戦。
……その最も重要なあの場面でこれは使える。
……すでに準備はしていたが、完璧な形で成功する可能性は半々。場合によっては相当な被害が出ると思っていたのだが……。
……これでより安全にことが進められる。
……それにしても……。
……気にせず使い、聞き流していたのだが、「結界」という言葉。
……ケッカイ。
……まさに日本語だ。
……しかも、どう見てもあちら側の使い方。
……ということは、この世界にはそちらの住人である日本人が過去にやってきていたということになり、その人物がこのような領域を遮断するような魔法を結界と名付けたことになる。
……興味深いな。
……まあ、それはそれとして、今真っ先にやらなければならないこと。
……それは計画の変更だ。
……そして……。
……これで完全に詰みだ。




