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辣腕交渉官と穀物商人の会話

 あの日おこなわれたアリターナ王国の港町ヴァルペリオでの交渉。


 自らにすべてを任せるというアリターナの辣腕交渉官アントニオ・チェルトーザに対して、その計画の全容を聞き終えたアグリニオン国からやってきた穀物商人であるその少女アドニア・カラブリタはそこに含まれるある問題を指摘した。


「近い将来アリターナを含む多くの国で農業が崩壊し、そこから国自体が大きなダメージを受ける。そのことは理解しました。そして、その対策も。さらに、それをおこない、軌道に乗せるまでの間に必要な小麦を備蓄したいということも。ですが……」


「その計画には大きな穴があります」

「……ほう」


 実はその正体は旧友である少女からの言葉に、彼女の目の前に座る三十歳ほど年長である男は短い言葉で応じる。


「聞きましょうか。その問題点を」

「はい」


 男からやってきた好意的な香りがまったくしない声に頷き、少女はそれに答える。


「私がアリターナの製粉を担う業者なら……」


「アリターナの小麦を管理するその者の買い取り価格と売り値の差額に狙いをつけて、半永久的に小麦を循環させ莫大な利益を手に入れます」


 そう言って少しだけ笑みを浮かべた少女はその儲けのしくみについて説明した。


 アリターナで生産される小麦や、国外からアリターナに入ってくる小麦の管理を任せられた一業者が少々割高であるその価格で必ず買い取る。

 この部分についても生産者とその買い手が組んでひと儲けを考える可能性もあるが、とりあえず高値で仕入れても損は出ないため多くの商人が国外からアリターナに小麦を持ち込むことは期待できる。

 だが、買い取りした価格に比例したものではなく、民が普通に買える価格でパンが購入できるように今までと同じ価格で製粉業者に小麦を卸す。

 ここについては運営するものにとっての利点はまったくない。

 少女の口はそう言った。


「これのどこに問題があると?」

「では、チェルトーザ様に問います。国から小麦を安く手に入れた小麦を製粉業者が製粉せず再び買い取り業者に売るとどうなりますか?」

「……なるほど」


 少女の言葉に男は小さく頷くとニヤリと笑う、


「……安く仕入れて高く売れる。しかも、遠いところまで小麦の買い付けにいく手間も省ける。金儲けを企てる者にとってはこれほどすばらしい状況はない。そういうことですか?」

「そのとおりです。ついでに言っていけば、これを法的に禁止しても、買い手と売り手の間に偽装会社をふたつも挟めば、その目的は十分に達成されることになるでしょう」

「なるほど。この国の役人はそれほど仕事熱心でもない。怪しいと思っても探すはずもないか。金をを握らせればより効果的だ」

「そういうことです」


「……よかった」


 ……よかった?


 すべてを聞き終えた男からやってきた思いがけない言葉。

 その言葉に少女は戸惑う。

 その感情を如実に表した表情で当然のように問いの言葉を口にする。


「それはどういうことでしょうか?」


「実を言えば、その問題は私も気づいていたのです。そして。私が気づく程度のことが気づかないようでは仕事を依頼する相手として困るとも思っていました。ですが、さすがです。一瞬でその穴を見抜くとは。せっかくです。そういうことであれば……」


「これを防ぐ手立ても伺っておきましょうか?」


 ……まあ、そうなりますね。当然。


 少女は男からやってきたその問いに苦笑いする。

 だが、それとともに、少しだけ楽しい。


 ……久々に感じるこの感覚。

 ……懐かしいです。


 ……そう。遠い昔、仲間たちと戦略談義をしたときに感じたあの感覚に似ている。


 懐かしさを味わいながら心の中でそう呟いた少女が口を開く。


「……そうですね。思いつくなかでもっとも手間がかからない方法ということであれば……」


「買い取りは粒の状態に限定し、業者には小麦粉にして卸す」


「または、穂をつけたままのものを買い取り、業者は粒だけを渡す。もちろん撥ねられた小麦は闇市場に流すことは可能になるが、なにしろ小麦の買い取り価格は高騰し、一方の製粉業者への卸値は安い。損をするだけとなる」

「真っ当な手段で小麦を売るのが一番いい。最終的にはそうなります」


 ……つまり、チェルトーザ氏も考えていたわけだ。対策を。

 ……それこそ、さすがです。


 男の言葉に結末をつけ加えながら少女は口にしない言葉で感想を口にする。

 一方の男はといえば、少女の表情から何かを読み取り終わると、再び口を開く。


「さて……」


「アリターナの小麦を管理する立場になる方にとっては、どちらがよりよいでしょうか」

「まあ、これは一長一短です」


 必要最小限にも届いていないような男の問いに、こちらもそれにふさわしい答えで応じた少女だったが、さすがにこちらはそれで終わらせるわけにはいかず、少しだけ言葉を加える。


「運搬と貯蔵についてもそれぞれが長所と短所があるわけですが、一番の問題は、それぞれの場合に生じる小麦の管理者がおこなうことになる手間。そのどちらをおこなうほうがよいかということです」


 ……管理者がおこなうふたつの手間?


 少女の言葉に怪しげなワードが含まれていることに気づいた男。

 だが、すぐにその正体に辿り着く。


「それは脱穀か製粉ということですか?」

「そういうことです」

「では、あなたはどちらを選びますか?」

「前者ですね」

「理由は?」

「保管と管理がしやすいのと、こちらに関しては自ら製粉しなくても信用できる者がいれば運用できるという利点があるからです」

「なるほど」


 ……私自身はその意見に同意しがたいものはある。

 ……だが、この辺はプロがそう言うのであれば、素人は口に出さずにその意見に従うべきだろうな。やはり。


「では、それでお願いします。準備を進めてください」


「それから、まだ問題点があるようなら手を加えて結構です。我々アリターナ王国にとって重要なのは小麦が集められること。そのやりかたには拘りませんから」

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