生中継
『さぁさぁ続いてやって来たのは……おっと、顔面蒼白ですねぇ。足はフラフラ、いやブルブルと言った方が良いでしょう太ももまで震えていますね。
えー、彼のプロフィールは今、皆様のご覧になっているテレビ、パソコン、携帯電話等お使いの機器の画面に出ている通りで、おっ、今転びかけましたね。大丈夫でしょうか、あ、なんとか上ってます。
さあさあ、所定の位置についてさあ、おっ、前に進み、下を覗き込むようにして、高さを確かめているのでしょうか、さあ戻り、ロープがつけられましてぇ……さあ! いよいよです! 深呼吸していますねぇ。大事な場面です。ここからはちょっと静かにしていましょう……』
「お、お、おっ、おおう、お、おれ、おっ、あ、わた、わたし、わたしは! た、た、たたたいへん! ふかいつみをあ、あ、あ、つみぶかいことにょ、を、して、してしまい、も、もお、も、もうしわけないと、お、おもっておりまぁぁぁぁす!
ど、ど、ど、どうか、おじい、おじひを、みな、みなみなみなさまにに、お、おねがいしたくぅぅぅ、う、う、うわ、うわああ、あ、いやだ、いやだしに、しにたくない、しにたくないですおたすけ、たすけてくださぁぁいあああああ!」
『さあ、国民の皆様の判断はいかに! チャンネルのボタン、画面をタッチして投票をさあ、どうぞ!
さあさあさあすぐに締め切りですので皆様、お早めに! さあ集計の間に、どうですか先生。今の彼の主張は』
『えー、そうですねぇ、ま、普通ですな。テンプレート。
お決まりの文面を頭に入れていたのでしょうが恐怖で結局あの様。
ふふっ、それもまたお決まりのパターンですな』
『では、彼はもしかするとということも……?』
『いやー、どうでしょうなぁ。ま、涙は同情を誘うのにこれ以上ない材料ですし、それに他の判断材料はプロフィールしかないですからな。
ええと、それで彼のプロフィールはと、ははあ、ま、これもオーソドックスですなぁ』
『なるほど、ありがとうございます。おっ、集計結果が出たようです!
では、いよいよの時です! さあ結果は! …………あああっと! またしても回避! 死刑回避です!』
『まあ、あの罪状じゃそうでしょうなぁ』
『受刑者の彼はおっと、ははは! ホッとしたのか気絶! 首が絞まっております!
今、番組スタッフが首にかけられた縄を外しに行きました! いやー、先生。またしても死刑回避でしたねぇ』
『ええ、まああの程度の罪状じゃそうなりますよ。優しい国民性ですからなぁ』
死刑は野蛮。死刑は残酷。死刑反対。死刑廃止。その声は高まる一方であり、また、死刑に立ち会う刑務官が心を病み、時に逃げだすなど死刑制度には問題が常に付きまとっていた。
ならば、いっそ国民に委ねてはどうだろうか。彼ら自身の手で下してもらおうじゃないか。死刑が駄目だと、本心からそう言うのなら、本当にその声が大多数ならば問題ないどころか都合がいいだろう。
と、ある時誕生した新たな死刑制度。
死刑のテレビ、ネット放送である。
その昔。死刑は様々な国で見世物とされ、大変人気があった。
……だからなんなのだ。この現代において野蛮だ。あり得ない! と、この新たな試みも当初は猛烈な批判を受けたが『じゃあ、死刑反対に投票すればいいだろう?』『むしろ、死刑を零にするチャンスじゃないか!』という言い分もあり、また物珍しさから人々を惹きつけ、今では大変な人気番組となった。
毎週、各テレビ局で持ち回りで放送されることになり、数多ある視聴者参加型のクイズ番組などと同様に、リモコンのボタンなどによって投票が行われ、死刑回避が死刑執行を上回ればその通り、受刑者は死刑から逃れることができるのだ。
視聴者は主にその緊張感と受刑者の満身創痍具合、何を言うか最後になるかもしれないその言葉を聞き漏らさないよう画面を食い入るように見つめる。
自分たち、一人ひとりがその命を握っているというその重責。優越感。それが他では味わえない、手に汗握るたまらない感覚なのだ。
が、今のところ死刑になった者は一人もいない。それもこれもこの制度が始まった当初、国民が死刑執行を尻込みしているうちに
殺人犯など重犯罪者が出尽くしてしまったためである。
今、両脇抱えられ、絞首台から遠ざかる彼もコンビニ強盗犯。それも店員に返り討ちにされ失敗に終わった男である。
この放送が見せしめとなり犯罪率、それも凶悪犯罪が減っている世の中。ゆえに、役者が足りず、彼のような犯罪者も一度、舞台に立たされるというわけだ。
そして、どれも死刑回避。議論を呼んだこの制度も結果として死刑はなくなり、国も平和になった
……かに見えた。
『さあ、次の受刑者はおおおっと! これは久々! 殺人犯! それもストーカー殺人です! 身勝手極まりないその所業!
鬼畜! 獣! 悪魔! 血に飢えた最低のクズゥ! さあさあさあ、階段を上がり、さあ何を言うのか!
っとここでCMです! さあ、国民の皆様の判断はいかに!』
血に飢えているのは誰なのだろうか。