第8節
「僕を含む大勢の子供たちは大人さえ達成できなかった聖地奪還を成そうとしていた。けどそれは茨の道にも程があった」
炉の中でパチパチと音を立てて燃える火を見ながら、フィルは話す。
「聖地まで行くにあたって一番の問題は……海でした」
「海?」
「聖地までの道で必ず海を渡らなければなりませんでした。でも子供が船を持っているわけもない。じゃあどうしますか?」
ただ聞いているだけでは不安だろう、そう思ったフィルは座っているだけのルイーズ達に質問を投げかけてみる。
「帰る……」
「という選択肢は僕達にはなかった。で結果として船は手配できました。『親切な大人』が助けてくれたんです」
「…………」
「『おお聖地へと向かうのですか?ならば是非私めが船をご用意いたしましょう!』とね。その大人がどんな人間かも知らずに、子供たちは船に乗った。『これで聖地まで行ける!』そんな風に喜ぶ子供たちは大勢いた」
話が進むにつれ、ルイーズ達は黙りこくってしまった、それ自体は話を聞いた人間の普通の反応だ。
ただフィルが気になるのは院長はともかく、彼女はフィルとも歳が近い。
ある程度聖地奪還運動の情報も知っているはずだろうと思うが……
「船を用意した大人はただの奴隷商人でした。多くの子供たちは海を渡り船で様々な国に売られ、二度と故郷の土を踏むことは無かった」
「そんな状況下で、貴方はどうやって……」
「飛び込んだのですよ。船から海に。僕の他にも何人も飛び込みました、だが生きて帰って来れたのは……片手の指があれば足りるでしょう」
「……辛いことを聞きました。すいません」
フィルの方へと向き直ったルイーズは沈んだ表情を浮かべながら深々と頭を下げる。
「頭を上げてください。それに、何も得られなかったわけじゃありません」
「それは……」
「『原典を持ち帰った少年』、彼のお陰で僕たちは救われた」
穏やかな笑みを浮かべながら、フィルは語った。
「敵の手に落ちた聖地、そこにあると言われていた国教『メコリス教』の原典。それを一人の少年が持ち帰った。そしてそれが、多くの少年の心を救った。『僕たちの犠牲は無駄じゃなかった』とね」
「……失ったものに対して、得られたものが少なすぎます」
「え?」
「一冊の本だけで、一体何万人の子供が亡くなったのか。痛ましくて。メコリス教なんてどうでもいい。子供達が戻ってきてくれれば……それで」
「あぁ……」
この女を今すぐにでも殺したい、フィルはそう思った。
平静を装いつつも、自然と手のひらに爪が食い込む。
すぐにでも首を切り落としてやりたかった。
「貴方はどう考えますか?フィルさん」
「失われた命はもう返ってこない。それと、たとえ一冊の本でも僕達にとっては大きな意味をもちます。それを否定されるのは……」
「ごめんなさい。つい」
「今日はもうお休みなさいな。旅人さん。ひどい顔をしてるわ」
「え?」
割って入った院長が優しく諭すように言った。
フィルは顔には出していないつもりだったのだが……
どうやらばれていたようだ。
「ルイーズ様も、もうお戻りになられた方がよいのでは?心配されるでしょう」
「そう……ですね。では失礼します、院長」
「またお越しください。子供達も喜びます」
「はい」
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