第5節
「さて、折角来たんだ。何か食べて行くかね?」
「葡萄酒とチーズを」
「相変わらず酒ばかりかね君は」
呆れた声をあげながら葡萄酒を取りに行くシモン神父に構わず礼拝堂の長椅子にどかっと腰かけるフィル。
いつもの事だ。
「どうぞ。チーズは羊乳のがある」
「おお、美味しそうですね」
出されたのは皿に雑に切って盛られた硬めのチーズと瓶に入ったまま酒精の匂いを発する葡萄酒。
村にも家にも井戸があるがフィルは滅多に水を飲まない。
何かにとりつかれたように酒だけを飲むのがフィルという男だった。
「うん」
「どうだね?味は」
「美味しい。これなら仕事も捗りそうだ」
「そうかそうか!!はっはっはっはっは!」
美味しいと言われシモンは二人だけの礼拝堂で大笑いした。
今フィルが飲み食いしている酒とチーズはこのシモンが全て手作りしたもの、それをほめられて素直にうれしいのだろう。
「そういえばレアおばさんから聞いたのだが……君は家に女の子を匿っているのかね?」
「匿っているというほどではありませんよ。行くところが無いのでおいているだけです」
とても早耳のシモンにフィルは内心驚いていた。
「君の事を知る人間が増えては困る、出来ることなら遠ざけた方がいいと思うがね、もしくは殺したまえ」
「僕は依頼以外では人は殺しませんよ」
瓶に入れられた葡萄酒、シモンが用意したのは1本だけだったが……
(足りないな)
「それにしても君、歳はいくつだったかね?」
「16ですね」
「……一本飲み干して酔わないのか?」
「酔えませんね」
少量残ったチーズを胃に流し込み、椅子を立つ。
粗末だが食事が終わった、やることも決まった、あとは行動するだけだ。
†
『婦人の名前はルイーズ・ド・リオンヌ、19歳だそうだ。グランドル孤児院という場所によく現れるという報告がある』
細かな情報を受け取ったフィルは一旦家に戻ることにした。
殺しの対象になっている婦人がいる村まではそれなりに距離があるためシモンが馬を用意してくれることになっている。
とはいえ馬を用意するにもある程度時間がかかるためそれまでに準備を済ませる。
武器に道中の食料に必要なものは沢山ある。
「帰ったよ……神父様も面倒なこ……と?」
「おかえりなさい。フィルさん」
「ようやく帰ってきたかい、フィル」
「失礼、家を間違えたようだ」
思わず自分の家から出そうになったフィル。
それを慌てて見知らぬ女性とレアが引き留めた。
「貴方は誰ですか?」
「昨日から居ます!ミラベルです!」
「綺麗なもんだろ?この子」
恐らくレアのお古であろう茶色の服を着せられたミラベル、その姿は昨日見た時と違って見違えるように綺麗だった。
栗色の背中まで垂れる一本の太いおさげに澄んだ青い瞳……とても美しかった。
「すごいな。綺麗だよ、ミラベル」
「みっともなく鼻を伸ばしてるんじゃないよ。フィル、しばらくはアンタの家にこの子を住まわせてやりな」
「そうだね。こっちからお願いするよ。ちょうど出張の依頼が入ったから」
「出張?」
ミラベルは栗色のおさげを揺らしながら小首を傾げた。
「フィルはね、神父様に時々頼まれてよその村に助けに行っているのさ。腐っても医者だからね」
「そうなんですね。凄いです」
口々にフィルに賛辞と呆れた声をあげる2人、彼女らは何も知らないのだ。
「そう言う事で今日の夕暮れ時に出発するから。あとはお願い」
「はい!」
「私も多少は力を貸すよ。行ってきな」