第3節
ここに居させてもらえませんか?
その言葉と涙と共にすり寄ってきたミラベルに対してフィルは嫌悪感しかなかった。
「せめて身体を洗ってからその台詞が聞きたかったね」
「あ…………」
今の彼女の姿……汚れに汚れた身で言われても嫌なだけだ。
内心フィルはそのまま帰す気はないのだが、どうしたものかと頭を捻る。
そして暫くして……
「傷が癒えるまでならここにいていいよ。家事でもなんでもやってくれたらこっちとしても助かるから」
「家事?」
「そう、どうだい?」
「分かりました」
ミラベルは快く出した条件に了承した。
「それじゃあ宜しく。まぁ今日は休もう。ベッドはそこにあるのを使ってね。僕は夜明けまでお酒でも飲んでるから」
「寝ないんですか?」
「眠気が失せたからね」
フィルの言葉とほぼ同時、狼の遠吠えが聞こえてきた。
彼女を襲ったのと同じ狼かもしれない。
「お、お休みなさい」
「お休み。そして乾杯」
怯えながら毛布を被るミラベルを微笑を浮かべて眺めながら何処かから出した葡萄酒の瓶を掲げそう言った。
†
「あの……おはようございます」
「んあ?」
鳥が鳴く翌日の朝、フィルはミラベルに起こされた。
酒瓶を枕がわりに机に突っ伏して寝ていたフィル、いつも通りだが頭が割れるような痛みに襲われている。
「おはよう……えっと誰だっけ?」
「み、ミラベルです。忘れないで下さいね?」
「ああそっか、忘れてたよ」
「もう……」
くだらないやり取りをしているとフィルはあることに気が付いた。
(いい匂い……)
フィルが久しく嗅いでいなかった暖かい食べ物の匂いだ。
「お粥作ったんです食べますか?」
「頂くよ。ありがとう」
炉を見ると鍋の中に入った麦の粥の姿。
香草も入っていてとても食欲をそそる。
「一緒に食べようか」
「はい!」
†
「さてと、いつまでもそのままじゃ可愛そうだし水浴びでもしてきなよ。裏に井戸があるから」
「そうですね。行ってきます」
フィルから手拭いを受け取ったミラベル。
外にはもう獰猛な狼の姿は無いし安全だろう。
そう判断することにした。
そうしてミラベルが出ていって暫く……
「フィル!フィリップ!起きな!」
「起きてるよー」
「何ぃっ!?」
激しいノックと共に現れたのはレアおばさんだ。
「あ、アンタがこんな時間に起きてるなんて……天変地異の前触れか……?」
「僕だってたまにはそういうこともあるさ。それで用事は?誰か怪我でもしたの?」
「いいや、怪我じゃない。けど聞きたいことがあるのさ」
「聞きたいこと?」
「この森に女の子が来なかったかい?」
なにやら面倒事に巻き込まれそうな……そんな予感がした。