第1節
鳥のさえずりが聞こえてくる朝。
「フィル……フィル…………フィリップ!!」
木造の狭い家にどんどんと扉を叩く不快な音と名前を呼ぶ女性の声が聞こえる。
フィリップ…… 愛称はフィル、砂埃が厚く積もった床に寝っ転がっているこの青年の名前だ。
「ええい!開けるよ!うわなんだこりゃ!?ぺっぺっ」
砂埃を巻き上げながら扉を開け入ってきたのは初老の女性、癖のある茶髪を後ろで結びいかにも気の強そうな表情をしている。
名前をレアという。
「なんだよ母さん。いきなり開けるなって……それにまだ朝じゃないか」
「誰が母さんだよ!私ゃあんたみたいな自堕落な息子もった覚えはないさね!そらお客さんが来たよ!さっさと起きな!」
「今日は休……」
「起きな!!」
耳に響くうるさい声に、フィルは渋々身体を起こした。
硬い床で寝ていたのと埃で背中は痛み腹は汚れまみれ、本来黒茶色の髪の毛に至っては後頭部が真っ白だ。
「でレアおばさん。お客さんってなんだい?お腹壊したとかならそこに薬草干した奴があるよ」
「馬鹿が馬に蹴られて骨を折ったんだよ!ほら早く行きな!」
もぞもぞと面倒臭そうに準備を始めるフィル。
レアに再度一喝されたのは言うまでもない。
†
さて、フィルの家は人気のほとんど無い森の中にある。
当然患者のいる村へは歩いていかなければならないのだが……
フィルが準備を終え怪我人の待つ村へと着いた頃、大声で泣きわめく小さな女の子とそれを頭を撫でながらなだめる父親とおぼしき人間が目に入った。
「あれかい?」
「そう、子供が泣いちゃいるが怪我してるのは親の男の方だよ。とっとと診てやりな」
「はいよ」
レアに確認を取ったあと二人に近寄っていくフィル。
「ああフィル、馬に足を蹴られてね。かなり痛くて」
「患部に熱と腫れか。骨折だな。あて木しとくよ」
「頼む」
痛みでうめき声をあげつつしかめっ面になる彼にてきぱきとあて木をしていくフィル。
いつしか治療されていく彼を見て子供も泣き止んでいた。
「出来たよ。暫くは杖を使って歩いて、作業は休んでね」
「フィルは相変わらず無茶を言うな。畑仕事しないと家族を食わせられないのに」
彼の言葉にフィルは心底呆れた。
「君は二度と歩けなくなるよ?そのままだと。それでもいいのかい?」
「わ、分かったよ」
半ば脅しをかけた後、フィルはその場を後にした。
後に残ったのはがやがやとうるさい野次馬と彼だけ。
「フィルは腕がいいよなぁ。助かるよ」
「きっちり金やら食べ物やらは要求されるけどね」
「それでもあれだけ腕がよければ文句はないだろ?」
†
「疲れたなぁ……寝よう」
家に帰り、炉に火を入れて灯り代わりにしつつベッドに横たわりながら酒瓶を傾ける。
まぁ一滴たりとも出てこないが。
「もうないか。ビール、ビールは……」
戸棚を開ける……無い。
「そうだ壺に葡萄酒が……」
壺の中を見る……無い。
「誰が飲んだんだろ……ああ僕か」
食事を作ろうとも考えたが、面倒だ。
そのまま眠ろう。
そう考えたフィルは一部カビが生えた毛布を被った。
炉があるとはいえまだ少し冷えているが寝るのに支障は無いだろう。
「……けて。…………て」
「うん?」
心地よい眠りにつこうとした瞬間。
家の外から何か声のようなものが聞こえてきた。
「なんだ?」
「助けて、助けて!」
若い女性の高い声だ。
助けを求めているようだが少し声が遠い。
フィルは眉をひそめながらも壁にかけてある古びた長剣を手に外へ飛び出した。