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二重人格王子

夏の日・ケンジの幻の恋 ~二重人格王子になる前の話~

短編祭りが続いております。

今回は「二重人格王子」のケンジの十七歳の頃の話です。



 俺は死ぬことなんてちっとも怖いと思っていない。


それより、痛いとか、苦しいとかのほうが嫌だ。


そんなことばっかり考えながら、白い天井を見ている。


「健ちゃん、具合どう?」


「ねえちゃん、そんなに毎日見舞いに来なくていいよ」


「何言ってんのよ。 来なかったら来なかったって文句言うくせに」


「そんなの、小学生の頃までだろ。 もう高校生なんだから、大丈夫だよ」


口を尖らせて文句を言うなんて、まだ子供っぽいと自分でも思う。




 俺は十歳の時、学校の校庭で友達とサッカーをやっていて、突然倒れた。


あれからずっと入退院を繰り返し、ようやく病名が判明。


現在の医学では治らないと難病認定を受けた。


「薬で痛みを緩和しながら検査を続けましょう。


その間に新しい治療方法や薬が開発されるかも知れませんし」


すぐに命に関わるような病気ではないからと医者は言う。


だけど、だからといって俺は元通りの身体になれる訳ではなく。


ただ毎日息をして、病室の天井か、自分の部屋の天井を見ている。




 一年、二年と時間だけが過ぎ、学校も行ったり行かなかったりで、友達も遊びに来なくなった。


薬の副作用で痩せたり太ったりを繰り返して、十七歳になった今は完全にデブになっている。


見た目は柔らかそうだけど、触ると結構な固太り。


モテるとかモテないとかは、もうどうでも良いけど、自分で自分の姿を鏡で見るのが嫌い。


俺のために毎日仕事で疲れてる母さんを見るのも辛い。


笑わなくなった兄さんと、単身赴任で遠い県外に居るのにまめに病室に顔を出す父さんも見たくない。


世話を焼きたがる姉さんは俺のために仕事を替えた。




 夏だった。


暑くて、たぶんボーッと歩いていたと思う。


この頃には俺は一人で通院していたし、平日の商店街を学生服で歩いてると誰も見て見ぬふりをする。


制服だったのは診察の後、学校に行く気だったのかな。


自分でもよく覚えていない。


 大きな大学病院は予約制で時間が決まっているけど、外来のやってる時間なら遅れてもあまり文句は言われない。


でも俺はその日、本当にボーッとしていた。


病院に続くアーケード、暗いガラスに自分が写ってるのを見て足を止めてしまう。


一時期、背だけが伸びた時期があって、その時はヒョロとしてたけど同年代では高いほうになって少し喜んだ。


だけど今は、横にもデカくなって、顔だけがまだ子供みたいだ。


そのガラスを殴りたくなって近付くと自動ドアが開く。


煩い電子音が耳に飛び込んできた。




 ゲーセンか。


平日の昼間だから誰もいないだろうな。


店自体狭いし、パッと見、機械を見ても古臭いから、これじゃ客は誰も来ないよなって思った。


 中からは天国みたいな涼しい風が流れてくる。


外は暑いし、入ってみようか。


「こりゃいいや」


俺はゲーム機の椅子に座り、汗を拭う。


暗い店内から見る町の景色は真っ白で、光に溶けてしまったみたいだ。


眩しくて目を逸らす。




 ガーッと音がして自動ドアが開く。


「あれえ、ケンジくん?」


入って来たのは見た覚えがある女性だった。


「あ、看護師さん?」


「あはは。 はい、貫井くん担当看護師、柴田あゆ子です!」


担当なんていないが、病院ではよく面倒を見てもらっている看護師さんだ。


 実は父方の親戚のお姉さんなので、うちの家族もよく知っている。


「どうしたの?、こんなところで。 診察帰り?」


「う、うん、まあね」


明るい茶髪と同じくらい明るくて、チャラそうな若いお姉さんだ。


あんまり歳も離れていないから話し易い。


俺が勝手にそう思ってるだけで、向こうは親戚の子とか、ただの患者だと思ってるだろうけど。




「ここ、静かでいいよねー」


何も聞いてないのにベラベラ喋り出す。


どうやら夜勤明けでアパートに戻るところらしい。


常連なのか、一つのゲーム機の椅子に座ってお金を入れる。


わあキャア言いながら楽しそうにやっていたので、少し気になった。


「やってみる?」


後ろで見ていたら、彼女は突然振り返った。


「う、うん」


携帯用のゲームは病室でもやらせてもらえるけど、ゲーセンのアーケードタイプは初めてだ。


俺は彼女の隣に座って、教えてもらいながらやってみる。


「お、初めてにしては上手じゃない!」


「ハハッ」


お世辞だとは思うけど、嬉しかった。


 闘病では褒められても、あんまり嬉しくない。


薬が、ちゃんと飲めた。


苦しい副作用を我慢した。


「がんばったね。 偉いね」


ちっともがんばってないよ。


言われた通りやっただけだ。


病院でも家でも、俺には何かを考えたり、自分から何かやったり出来ない。


全ては治療のためだから。




 俺が負けて終わったところで、


「あー、アイス溶けちゃう!」


と、突然柴田さんが声を上げて立ち上がる。


「ケンジくん。 アパート、すぐそこなの。来ない?」


「は?」


「アイス、溶けちゃうから早く!」


よく分からないまま、俺は彼女に服を引っ張られて近くのアパートの部屋へ連れて行かれた。


「すぐ涼しくなるから、適当に座ってて」


「うん」


小さな和室が一部屋。


女性の一人暮らしの部屋に入ったのは初めてだ。


今まで異性と付き合ったこともないし、幼馴染の女の子もいないから当然だけどね。




 彼女が冷蔵庫を開け閉めしている音がする。


俺は部屋の隅にある低いベッドが目に入って固まっていた。


「どうしたの?、座っていいのに」


彼女は冷たいお茶を小さなテーブルに置き、エアコンが効いて涼しくなったので窓を閉める。


いつの間にか半そでのTシャツに短パンになっていた。


「こっちに座りなよ」


テーブルを前にベッドに背中を預けて座ると、目の前には部屋の広さには合わない大きめのTVモニター。


「実はさっきのゲームね、持ってるんだ」


彼女はえへへと笑う。


ゲーム機が出て来て、俺は付き合わされることになった。


 彼女の隣に座り、お茶を飲みながら画面に集中する。


なるべく薄着の彼女を見ないように気を付けていた。


結構大きな声で「ギャー」とか「やられたー」とか騒いでるけど大丈夫なのかな?。


「ああ、大丈夫よ。 他の部屋は皆、昼間働いている人たちばっかりだから」


小さなアパートだから他の部屋の人の行動は筒抜けなんだそうだ。


それって少し怖いな。


「誰もいちいち気にしないよ」


特に昼間はほとんど迷惑だと思うような人はいないそうだ。




 俺はふぅっと息を吐く。


その様子を隣から見ていた柴田さんが突然、


「ケンジくん、ちょっとごめんね」


そう言って俺の顔を両手で挟み、じっと目を見てきた。


「薬、飲んだ?」


「う、うん」


「今日診察行った?」


「あー」


目を逸らす俺に、彼女はため息を吐いた。


「病院、行きたくないのは仕方ないけど」


そう言いながら、彼女は俺にベッドに横になるように言った。


「身体、だるいでしょ?」


「……うん」


忘れようとしていたけど、僕はずっと体調が悪かった。


こんな状態で診察を受ければ、また入院になるのは分かっていたから行きたくなかったのだ。


シャッと窓のカーテンが閉まるのが見える。


夜勤明けで寝るためなのか、カーテンは厚い遮光カーテンになっているようだ。


部屋の中が結構暗くなった。




 ごそごそと彼女が何かしているなとは思ったけど、あんまり見ないようにしている。


俺は確かに病人で、彼女は看護師という職業ではあるけど、ここは二人だけの部屋。


恐らく彼女は、まだ二十代で、俺は十七歳になった。


どうしてこんなことになったのかな。


「ケンジくん、ごめんね。 本当はすぐにでも病院に連れていかなきゃいけなかったんだけど。


何となく嫌だったんだあ」


何度も「ごめんね」と繰り返す彼女。


「私ね、ずっとケンジくんのこと可哀そうだと思ってたんだ」


俺が今の病院に転院してきたのは三年前で、彼女はその頃はまだ新人の看護師。


小児科の病棟ではオトナとして扱われていたけど、俺は他の患者の子供たちが煩わしくて仕方なかった。


でも、オトナの病棟のほうが良いかといえば、それもまた同じで。


「若い患者さんってすぐ退院しちゃうから、あんま繋がりはないんだけどね」


俺と彼女は親戚関係にあり、入院するたびに彼女は病室に顔を出してくれた。


「いつもね。 ケンジくんもがんばってるから、私もがんばらなきゃって思ってたんだよ」


俺は横になったまま黙って彼女の話を聞く。


彼女はそのベッドに背中を預けて床に座っている。


ゲームの画面は止まっていた。




 ぐすっと彼女が泣いているのが分かった。


「私、病院辞めるの」


他の病院に行くらしい。


「その前にね、どうしてもケンジくんに好きなことさせてあげたいなってずっと思ってて」


ゲーセンで俺の姿を見つけて、驚いたと言う。


「ごめんなさい、ほんっと私、自分勝手だよね」


俺は「ううん」と答えた。


「柴田さん、俺のこと心配してくれたんでしょ、ありがと」


たくさんいる患者の中で、俺だけを特別に思ってくれたんだ。


「ただの同情だし」


そう言って彼女は体育座りした膝に顔をくっつけて涙を零す。


「他の患者さんに悪いとか思ってるんだね」


病人にいちいち可哀そうだなんて同情してたらキリがない。


それなのに俺だけにそういう感情を持ってくれていたんだ。


「ありがとう、俺も嬉しい」


彼女がティッシュの箱を掴んで引き出し、盛大に鼻をかむ。


「ケンジくんはオトナ過ぎるよ」


「そうかもね」


治らないのだと言われたあの日から、俺はオトナにならざるを得なかった。


どんなに泣き叫んでも俺の身体は元には戻らない。




「泣いてもいいんだよ?」


身体を起こした彼女がそう言って俺の顔を覗き込んだ。


「泣いてるのはそっちじゃない」


俺は笑う。


「……知ってるんだよね、もう俺」


「そんなことない!」


「柴田さん」


「あゆでいいよ」


唇が重なった。


俺はきっとポカンとしていたと思う。


何だか信じられなくて。


でも目の前に迫る泣き笑いの彼女の顔が、愛おしいと思う。




 気が付くとシャワーの音がしていた。


着替えもないので、汗に濡れた服をエアコンの風で乾かして着る。


自分でも何をしていたか、全く分からないまま時間が過ぎて、俺は彼女が寝ている間に部屋を出る。


外に出た途端、熱い風が吹き付けた。


 空は赤く夕焼け。


携帯には着信が数件あって、そのうちの二件は病院からだった。


俺は家に電話を掛ける。


「ケンジ、大丈夫?、病院から」


「うん、大丈夫だよ、母さん。 ちょっと友達に会ってさ、懐かしくて遊んでたんだ」


「そう」


「今から帰るよ、お腹減った」


そう言って電話を切る。




 恋とか同情とか、そんなことはどうでもよかった。


俺はきっともう長くは生きられない。


それを誰かが何と言おうと、俺だけの問題だ。


生きたかったし、恋もしたかったし、誰かを愛したかった。


俺は、きっとどこへ行っても幸せになんてなれない。


一番幸せになって欲しい家族を不幸にしてるからな。


 ふと空を見上げる。


まるで別の世界のように、赤い空に暗闇が迫る。


あの黒い闇の向こうに行けたら、俺は何か変われるんだろうか。


「神様がもしいるなら、俺は生まれ変わったら誰かを幸せにしたい」


この世界で誰も幸せに出来なかった分、俺は誰かのために生きたいんだ。


絶対に、幸せにしてやるよ。




 この三年後、俺は死に、魂となって異世界へと渡ることになる。


一人の王子を幸せにするために。



        ~ 終 ~



お付き合いいただき、ありがとうございました。

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