悪役令嬢って何で出来てる?2
「あっ、いけないっ! そろそろ戻らないと……!」
小屋からユナ達が出て来る気配に、アナベラは慌てて、裏庭の中央、モーニングルームの前まで走り、生垣の陰に、子ウサギみたいに飛び込んだ。
「あんま、無理するなよ? シャーロット様が、心配なのは分かるけど。ちゃんと休んで」
「『ちゃんと食べる』でしょ? 大丈夫!」
「そっか……」
にかっと笑ったユナの頭を、ぽんぽんと、大きな手で撫でながら、すごく優しそうに見つめる、すらっとした黒髪の――あっ、思い出した! あの人、ウィル兄様の従者だ。それに……
『ユナさんの婚約者ですよ』って、少し前にベティが、教えてくれたっけ。
「いいな……」
手を振り合って、それぞれの職場に向かう二人を見てたら、しゃがんだ足元に、ぽつんと言葉が落ちた。
「ウィル兄様が、シャーロットお姉様を見る時と、同じ目してた」
ユナのこと、ホントーに大切に、思ってるんだな。
わたしも将来、もし結婚するなら、そんな人がいい。
『まだまだ、10年くらい先の話だけど』って、呑気に考えてたのに……。
『困った騒ぎ』を思い出して、どんよりとうな垂れてた顔を、はっと起こす。
「それより、さっきの――『悪役令嬢』!」
『悪役』って、お芝居とかお話に出てくる、すごーく悪い人の事だよね?
「主人公をいじめる継母とか、姉とか……つまり、『ものすごーく悪い令嬢』ってこと? わたしがっ⁉」
むむーっと、眉根を寄せて、「失礼しちゃうっ!」って、ほっぺたを膨らませたとき、
「アナベラ様―っ! どこですかー⁉」
ベティの呼ぶ声が、近づいて来た。
さっき久しぶりに癇癪起こして、八つ当たりしちゃった事が気まずくて。
それにまだ一人で、『悪役令嬢』の事、考えたかったから……見つからないよう、迷路になった生垣の奥に、こっそりと足を進める。
身体を少しかがめて、足音を立てないように、奥へ奥へ。
「さっきの『八つ当たり』には、ちゃんと理由があるの! 『お母様の、困った騒ぎ』のこと、シャーロットお姉様に、早く相談したいのに。ベティや皆がわたしだけ、仲間外れにするから……だからわたしは、『悪い令嬢』じゃないわっ!」
自分に言い聞かすように、小声で言い訳したとき――迷路の先に、ぴょこんと動く物が見えた。
「あれっ……何?」
急いで足を進めると、角を曲がった先にいたのは、ぴょこぴょこお耳を動かす、真っ黒な子ウサギ。
「ナツ⁉ 小屋から、出て来ちゃったの?」
慌てて近寄ると、ナツの後ろから、生垣にはめ込まれた、小さな扉が現れた。
上半分が丸くて、ブロンズ色の取っ手が付いた、ちょうど屈んだ子供が通れるサイズの、木の扉。
「なんでこんな所に、ドアが?」
目を丸くしたアナベラの前で、ぴょんっと得意げに、後ろ脚で立ち上がったナツが、キィッと取っ手を引いて、ドアを開けた。
『おいでよ』というように、ほわほわな前足で手招きして、ぴょんっと扉の中に。
「えっ……ナツ⁉」
びっくりして駆け寄った時、ぴゅうっと、いきなりの突風に背中を押されて
「きゃーっ!」
元悪役令嬢は、扉の奥、真っ暗な穴の中へと、落ちて行った。




