【番外編2】悪役令嬢って何で出来てる?1
「はぁーっ……」
時は5月。
ウィルフレッドとシャーロットの結婚式から、早くも7ヶ月が過ぎ。
満開の白薔薇が、美しく咲き誇る、兎穴の温室で。
アナベラ・ギボンは、空になったケーキ皿に向かって、深いため息を吐いた。
「アナベラ様? 今日のタルト、美味しくなかったですか?」
「違うっ! ベリータルトは、いつもと変わらず、絶品だったわよ!」
自分付メイド、ベティの、心配そうな問いかけを、きっちり否定してから、
「さっきのため息の訳は……『一体いつになったら、シャーロットお姉様に会えるの?』ってこと!」
「それは――仕方ないですよ。今回は、シャーロット様のお具合が……」
「分かってるわよっ!」
アナベラ達がこちらに来る前日から、急に体調が悪くなって。お茶会どころか、食事もあまり、喉を通らないらしい。
「わたしだって、心配してるのに……どこがお悪いの? お風邪? まさか――わたしみたいに、髪の毛切られたり、してないわよね⁉」
やっと少し伸びて来た、癖の強い黒髪の毛先を、イライラ捻りながらの質問攻めに、
「髪の事まで、心配しなくても……えっと、タルトのお代わりはいかがですか?」
ミセス・ジョーンズやユナに、尋ねた時と同じ、小さな子供をなだめる様な顔で、口ごもるベティを見て
「もういいっ――‼」
カッと、頭に血が上ったアナベラは、レディにあるまじき勢いで、椅子にナプキンを叩きつけ、温室を飛び出して行った。
初めて、シャーロットお姉様と会った時、
『こんなにキレイで髪も長くて、優しい声でにこにこ笑って――「生まれた時に妖精たちから、目一杯祝福された、お姫様」みたいな人――お兄様に好かれて、当然じゃないっ! 不公平だわ! 神様のばかっ‼』
と、特大の癇癪玉を、爆発させて。
「あなたがウィル兄様の婚約者だなんて、絶対認めませんから!」と宣戦布告して、客用寝室に閉じこもった。
でもそれから色々あって、ワガママだった自分を、ちょっと反省して。
今まで気付かなかった、気にも留めなかった――ベティや、周りの人達の優しさを、『ありがとう』って、素直に受け止めると、心がほんわり……子ウサギを抱っこした時みたいに、温かくなるって発見した。
それからは、毎月遊びに来る度に、お姉様と家政婦のミセス・ジョーンズと、乳母と侍女のユナ、新しい家庭教師のソフィー先生とベティ。時には、元家庭教師のヴァイオレット先生も参加して。
皆で仲良く、お喋りしたり笑ったり、楽しくお茶会をするのが、日課だったのに。
「もうすっかり、みんなと『お友達』になったって、思ってたのに……何なの何なのっ、ベティまで――人を子供扱いして! わたしだってもうすぐ、11歳に……」
ぶちぶちと、以前のように、不平不満を零していた口を、はっと閉じる。
子供扱いも嫌だけど……急に大人扱いされるのは、もっと嫌だった!
シャーロットに、相談しようと思っていた、『困った騒ぎ』を思い出して、アナベラの足取りが、急に重くなる。
「こんな時に限って、ソフィー先生も、お留守だし」
家庭教師は以前からの予定で、朝からヘア村まで、知人に会いに出かけていた。
はーっとまた、大きなため息を吐いたとき、菜園で作業をしていた、庭師のトム・エバンズがふと、こちらを向いた。
いつも色々な野菜や花や、ハーブの話をしてくれる、仲良しのおじいさんだけど……こんなむしゃくしゃした気分の時に、顔を合わせたくない。
気付かないふりで前を向いて、さっさと裏庭に出た所で、自然と足は、兎小屋に向かった。
『ナツたちに会って、慰めてもらおう』
小屋の前に着き、いつも扉横に下がっている、鍵が無い事に気が付く。
「あれっ?」
中から漏れ聞こえて来る、小さな話し声。
扉を細く開けてみると、
「……でもアナベラ様は、タイミング悪かったな、せっかく来たのに」
いきなり、自分の名前が聞こえて、どきりとした。
『この声、どこかで聞いたこと、あったような……?』
首を傾げて、記憶を探っていると
「そうなの。お嬢様に『急いで、相談したい事がある』らしいけど、まだお会いするのは無理で――今日はかなり、『ご機嫌斜め』になってるみたい」
『あっ、この声――「ユナ」!』
聞き覚えのある侍女の声に、すうっと息を吸って――『「ご機嫌斜め」には、理由があるのよっ!』と、叫ぶ準備をしながら、扉を開けようとした時
「『ご機嫌斜め』か――まさか、『悪役令嬢』復活とか?」
からかう様な、笑い声に
「ちょっと、やめてっ! アナベラ様はもう、『元悪役令嬢』だから!」
焦った様に返す、ユナの声が、耳に飛び込んで来た。
「『悪役令嬢』……って、わたしの事?」
初めて聞く言葉――なのに、
「すごく、イヤな響き……」
愛らしい子ウサギたちの住む、平和な小屋の上。
急に日差しを遮った雲が、さっと暗い影を落とす。
日陰の寒さに、ぶるりと身体を震わせながら、『元悪役令嬢』アナベラは、両手をぎゅっと握り締めた。
番外編2スタートしました。
前回の『星月夜の誓い』に、ブクマや評価等ありがとうございました!
今回は元悪役令嬢アナベラが、「『悪役令嬢』って何?」という謎の答えを、探すお話です。
「はじめまして」の方、本編3章が、アナベラメインのお話になっております。
よろしかったら、のぞいてみて頂けると、嬉しいです。




