星月夜の誓い5
「ミック……どしたの?」
隣を歩いていたユナが、心配そうに声をかけて来た。
前世の思い出と事故の記憶、天使とのやりとりからウィーズルの事件まで、ダッシュで脳内を駆け抜けて、気が付けば額には、じっとり汗が。
「体調悪い? ちょっと休もうか?」
「ごめん、ちょっと考え事してた。前世の――友達の事、思い出して」
ぶるっと頭を振って、記憶を追い払い、何気なく告げると
「そっかぁ。友達――って、女子?」
前を向いたまま、軽く返して来た。
さり気ない聞き方だけど、目を合わせて来ないから、気にしてるのが丸わかり。
『可愛いなぁ……』と、自然に口角が上がり、やっと記憶の連鎖から、抜け出せた気がした。
「あっ! やっぱ、『彼女』なんだ‼」
つい笑ってしまったのを、さらに誤解されて、繋いだ手を解こうとするから
「違うって! ――『男友達』」
逆にくんっと引き寄せて、耳元で囁く。
「……ほんと?」
「うん。俺の『師匠』」
ほんわり赤くなった耳の先に、ついでに『ちゅっ』とキスしたら、「ひゃっ」って声を上げて
「もぉっ――調子乗んなっ」
真っ赤な顔で、ぐいぐい押しのけてくる。
あぁ可愛い……。
「そっか――イラストの『師匠』、だったんだ?」
「うん。最初に偶然、描いてるとこを見た時、ゴッホの有名な絵をトレースしてて。『ホントの油絵みたいだ!』って、すっごくびっくりした」
「えっ、デジタルで? すごい! そんなこと出来るの⁉」
目を見張ったユナに、
「うん。油彩ツールとか、筆タイプの、タッチペンとか使えば」
少し薄れた記憶を、たどりながら、答えると
「そっかぁ……まだまだ、前世でも知らない事、たくさんあったんだなぁ」
少し高台になった場所にある、見晴らし台みたいな、平らな大きな岩に、並んで座った婚約者が、しみじみと呟いた。
「そんなの、俺の方が山ほどあるよ、きっと」
大学生だったユナに比べて、俺はまだ高3だったわけだし。でも、年下だったのは『秘密』――何となく。
まぁ、こっちでは俺の方が、三歳年上だし。
「小さい頃から、お絵描きは好きだったけど。師匠に会わなかったら、『自分も、あんな風に描いてみたい』なんて、思わなかったろうし。去年、『ウェディングドレス総選挙』の見本絵描く事も、なかっただろうし」
「そっか! ――それは『師匠』に、大感謝だね!」
ユナが笑顔で、ぽんっと両手を合わせた。
前世で(亜矢姉に何度も、ダメ出しくらった)『シャーロットの立ち姿』を描いた経験も、生かされたのかな?
俺が『千バラのキャラ設定』に、少しだけ関わっていた事は、いつかユナには、打ち明けたいと思ってるけど。
「ねぇ、師匠が描いていた『ゴッホの絵』って、どんなの? わたし、『ひまわり』くらいしか知らないけど」
小首を傾げて、ユナが尋ねる。
その頭上、雲がオレンジに染まり出した空に、ほんわりと浮かぶ、白い月。
「こっち……登ってみて」
手を貸してゆっくりと、岩の上にエスコート。
「あっち、見て」
伸ばした指の右下に、ヘア村の家々と教会の尖塔。その奥に広がる丘が見える。
左手にそびえる、一本の大きな糸杉。ここサウザンド王国では、扉の資材として人気らしい。
そして右上、南西の空に、ぼんやり輝く、昼の三日月。
「この空が夜空で、渦巻くみたいな星を何個も散りばめたら……その絵、『星月夜』に、そっくりなんだ」
数年前、偶然ここに登ったとき、『まじかっ!』て叫んで、誰かに話したくて堪らなかった。
夢がまたひとつ、叶ったな。
風に乗ってふわりと、アーモンドの花びらが飛ぶ。
「わぁっ……この景色もステキだけど、星が出た時も、見てみたいなっ!」
光を弾くように笑う、ユナの髪や肩に、ちらほらと止まる、白い花びら。
まるで、花嫁のベールみたいに。
「うん、今度来よう」
一緒に見よう。
前世でも知らなかった、色んな景色を、夢の続きを。
二人こうして、手を繋いで。
俺たちが結婚して、子供が生まれて大きくなって、揃って歳を取るまで。
健やかなる時も病める時も――ずっと一緒に。
前世の桜に似た、白い花びらが舞う中。
この世界の『星月夜』の前で、恋人繋ぎをした『あの子』に、ミックは誓った。
『星月夜の誓い』完結しました。
たくさんのご訪問、ありがとうございました。(3万PV越え感謝です!)
拙いお話ですが、少しでも楽しんで頂けましたら、嬉しいです。
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次の番外編は、元悪役令嬢アナベラがメインのお話を予定しております。
また読んで頂けるように、頑張ります。




