星月夜の誓い4
「〇〇〇さん……?」
気が付くと俺は、真っ白な部屋に、ぽつりと立っていた。
淡い色で発光する、どこまでも広がる壁と床。
家具も何も見当たらない、ひたすら静謐な世界。
「大丈夫ですか? わたしの声、聞こえてますか?」
心配そうに問いかける、頭上に光る輪っかを乗せた、どこか見覚えのある、同世代ぽい女の子。
その顔の下、ゆったりとした、白いロングワンピの背中には、大きな白い羽が付いていた。
「……ひょっとして、天使?」
「はい、天使です」
あっさりと認められて、はたと気付く。
「じゃあ――俺、死んだんだ?」
あの、トラックに轢かれて。
「はい。それはその通りなんですが、ほんの少し、手違いがありまして……」
眉を寄せて、天使が言いよどむ。
「手違い?」
何でも本当は、あと50年以上、寿命が残っていた俺と、あの隣にいた子が、書類上のミスで間違って、死んでしまった……という『手違い』。
「いやーっ、役所の上司が未だに、『FAXで送った書類しか、受け付けない』と言い張る、アナログ至上主義でして。いい加減、メール添付くらい許可しやがれ……おっと、失礼。
とにかく、申し訳ございませんでした!」
ぶちぶちと日頃の不満を、愚痴っていた天使が、テレビの『謝罪会見』で良く見る角度に、深々と、頭を下げた。
「手違いってことは、俺もあの子も、生き返れるんだよな?」
ならいいか。と呑気に、奇跡の生還シーンを、思い描いていると
「あ、それは出来ません」
あっさりと、拒否られた。
時間を巻き戻すとか、起きてしまった事を変えることは、いくら天界でも、タブーらしく
「その代わり……あなた方だけに! 『転生先』を特別に、お選びいただけますっ!」
①同じ世界に生まれ変わる。(ただし前世の記憶は消える)
②違う世界に生まれ変わる。(前世の記憶付き)
「こちらの二択――さぁ、どっち!?」
……って、TVショッピングじゃあるまいし、そんな簡単に選べるかーっ‼
また同じ世界に生まれても、赤んぼからのスタートだし。
師匠にもう一度会って、『待ち合わせ、行けなくてごめん』って謝りたかったけど、記憶が消えるんじゃ無理だし。
「かと言って『異世界転生』も、マンガや小説みたいで、何か現実味ないし」
『奇跡の生還』を拒否られたショックから、剣道で鍛えたメンタルで、ようやく復活して。
何とか前向きに、来世を選ぼうとしたけど……正直もう、どっちでもいい。
「いやいや、滅多にない特権ですよ! ぜひ選択を!」
目をキラキラさせて詰め寄る、天使の顔。
ずっと気になっていた……
「あのさ?」
「決まりましたか⁉」
「あんたの顔、ひょっとして……」
「あっ! 気が付いちゃいました? 一般の方に『天使』の顔出しは、NGですので……『あなたが亡くなる瞬間に、強く心に残った方』のお顔を、今だけお借りしております!」
えっ……て事は、『あの子』を思いながら、死んだの、俺?
うーっわ、恥ずかしーっ!
まるで、映画か小説みたいじゃん。『全米が泣いた……!』みたいな?
いやいや、あれはあれだよ。『あの子』を助けられなかった、後悔とかそういう……
「そうだ!」
ふいに、思いつく。
「決まりましたか⁉」
「あの子、あんたが顔を借りた彼女は、もう選んだのか?」
「あぁ、はい。あちらはすぐに、選択されました」
そっか……なら、答えは決まった。
「俺は、『あの子が選んだ世界に転生』を、選ぶ」
あの子が転生先で、もしまた危険な目に会ったら――今度こそ助けたいって。
なにより――あのキラキラした笑顔に、もう一度会いたい――って思ったから。
それから、ミカエル・ドッゴとして、サウザンド王国に生を受け、父親が事故で亡くなったのを機に、7歳の時、マーガレット叔母さん(母の幼馴染で、兎穴の家政婦)のツテで、ヘア村に。
前世の記憶を思い出したのは、初めて兎穴(ヘア伯爵家の屋敷)を訪れ、ウィルフレッド様に会った時だった。
ぶわーーっ!と頭の中に、前世の記憶が流れ込んできて、
「生きてる……!」
と、ひと言叫んで、高熱出してぶっ倒れて。
母さんやマーガレット叔母さんに、死ぬほど心配かけた。
兎穴の一室で数日、療養させてもらっている間、心配したウィルフレッド様が、何度も顔を出してくれて。同世代の男子同士、あっという間に仲良くなれた。
貴族の血が、ほんの少し混じっていた(父方の祖母が、貧乏貴族の娘)おかげと、兎穴領主の援助もあり、次期領主と同じ、上流寄宿学校で学びながら、『従者』を目指した。
ウィルフレッド様の傍にいれば、この世界に転生した『あの子』に、きっと会える気がして。
シャーロット様の馬車が到着した時、篝火に照らされた瞳をキラキラさせて、うっとりと、お二人を見つめる『侍女』を見た時、『あの子だ』って、直感した。
図書室の窓にいるのを知って、わざと剣道の構えと『小手』を見せて、『ビッグメック』で、確信した。
せっかく『転生仲間』って、確認し合えた途端、ユナが人質になって――縛られて意識のない姿を、窓から見た時は、怒りで、頭が真っ白になった。
「これ以上犯人に、指一本触らせるかっ!」
突入計画を説明しながら、いつも冷静な俺が、怒りと焦りを押さえきれない様子に、執事のミスター・アンダーソンも従僕仲間も、驚いた顔を見せたけど、そんな事構う余裕もなくて。
無事に助け出せたときは、神様とあの時の天使に、マジで感謝した。
そういえばユナには、『転生先』を選んだ記憶が、無いらしい。
事故の記憶も、『何となく覚えている』だけ。
大丈夫。 俺がユナの、『あの子』の分まで覚えてるから。
また何か起こっても、必ず俺が助けるから。




