【番外編】星月夜の誓い1
兎穴領主の結婚式から、半年程経った、ある晴れた、春の日の午後。
ヘア村の学校から、徒歩5分の場所に建つ、こぢんまりとした、ハチミツ色の屋敷の玄関から、一組の男女が出て来た。
「ご招待、ありがとうございました、ターナー先生。今日のお茶もお菓子も、とっても美味しかったです! 特にあの、『フルーツケーキ』――絶品でした!」
玄関前の石段に立ち、うっとりと力説する、兎穴の侍女、ユナ・マウサーに
「あらあら、お口に合って、良かったわ!」
この屋敷の主とメイドが、嬉しそうに顔を見合わせる。
「フルーツケーキは日持ちしますから、良かったらこちら、お持ちください」
先生の元教え子、メイドのアガサがにっこりと、小さな籠に入ったケーキを、ユナに差し出した。
「わぁっ、お土産まで……嬉しいです! ありがとうございます!」
「そんなに喜んでくれて、こちらこそありがとう、ユナさん。うちの息子なんて、いつも無表情で、『ああ』とか『うん』とか返すだけよ!」
「あ、それ、照れてるだけです! 絶対内心、喜んでますよ」
「やっぱり? 素直じゃないわねーっ!」
「ですよねーっ!」
「「ねーっ!」」と、声を揃えて盛り上がっている、ベテラン教師と侍女の後ろで
「ちょっと、二人共――本人の目の前で、やめてくれる?」
ウワサの『うちの息子』こと、ミカエル・ドッゴが、深いため息を吐いた。
「それにしても、最初はびっくりしたよ! まさかターナー先生が、ミックのお母さんだったなんて……」
プロポーズから2ヶ月後、『改まって返事するのも、恥ずかしいから――いっそ、ベタで行こう!』とクリスマスに、(メイド友達のエマに、編み方を教えて貰った)手編みのマフラーのプレゼントを渡した勢いで、ユナは『OK』の返事を告げた。
大喜びのミックに、『ヘア村に住む母親に、会って欲しい』と連れ出され、緊張しながら訪れた屋敷。
「あれっ、ここって……ターナー先生のお宅だよね?」
下宿人のヴァイオレット先生を訪ねて、主のシャーロットや元悪役令嬢のアナベラ、新しい家庭教師のソフィー先生達と、何度か来た事がある家。
でも先生方の他に住人は、まだ若いメイドの、アガサだけだったはず……?
首を傾げたユナの前で
「うん。その『ターナー先生』が、俺の母親」
にやりと、悪戯っ子の顔で、答えた婚約者は
「ミカエル……! 事前にきちんと、説明しなさい! ユナさんが、びっくりしてるでしょ⁉」
出迎えたベテラン教師に、鞭のような口調で、ぴしりと叱られた。
「『ドッゴ先生』だと、呼びづらいから、学校では、旧姓の『ターナー』を使っているのよ――ようこそ、ユナさん!」
と一転、嬉しそうに笑った顔は、よくよく見れば、ミックにそっくりだった。
「今日は、ヴァイオレット先生が、お留守で残念……あっ! もちろん、お義母様とのお茶会は、いつでもとっても楽しいけどっ!」
前世の桜に似た、アーモンドの白い花が咲く、兎穴までの並木道を、二人並んで歩きながら、慌てて付け加えたユナに、
「休暇で帰って来てるジェルさんと、釣りに行ってるんだって? 向こうも楽しんでるといいな――それ、持つよ」
優しく答えたミックが、左手を差し出す。
「ありがと」
ケーキの籠を手渡すと
「こほん……」
そこで従者が、咳払いをひとつ。
「こちらがまだ、空いてますよ――レデイ」
芝居のセリフと仕草のように、うやうやしく差し出された右手に
「ぷっ……」
思わず、口角を上げた侍女が、
「しょうがないから……エスコート、させてあげる」
薬指に指輪をはめた左手を、大きな掌に絡ませた。
「『恋人繋ぎ』、転生先でも出来るとは、思わなかったな……」
うっかり小声で、呟いたミックに
「へーえ……前世では、たくさんご経験が、おありのようで?」
低い声で、返すユナ。
「えっ――ないない! そんなに無いよ!」
慌てて否定すると、すっと目を細めた婚約者が
「それで? まだ何か、秘密にしていることは?」
クールな女刑事のように、畳みかけてくる。
「もう無いってば!」
「ほんとに?」
「本当にっ……!」
きっぱりと返しながらミックは、『今世では』とこっそり、心の中で付け加えた。
昨日、別ページで始めた『番外編』ですが、今までブクマ等してくださった方には、更新が分かりづらい事に気づき……こちらに移動しました。
不慣れの為、バタバタしてすみません。
「はじめまして」の方も、ご訪問ありがとうございます。
こちらのお話はミック目線で、前世で『千バラ』に関わった事情や、この世界に転生した理由等を綴って参ります。
これからも、よろしくお願いいたします。




