プロポーズ
「……辞めないよ」
静かな声で返されて、いつかの夜を思い出す。
「ほんとに? ほんとの本当に?」
あの夜のように、何度も問いかけて、確認すると
「うん。ほんとの本当」
何だかすごく嬉しそうに、ミックが笑った。
「ウィルフレッド様からも『辞められたら困る』って、引き留められたし」
「そうなんだ、信頼されてるんだね……!」
「これでも、『ウィルフレッドルート攻略済プレイヤー』ですから。ガゼボのお茶会とか色々、さり気なくサポートしてたし?」
にやりと口角を上げた後で、こほんと咳払い。
「まだ何年も、先の話だけど――『ヘア伯爵家の「代理人」にならないか?』って、打診されてる」
「『代理人』って……領主に代わって、領地とかを管理する人、だっけ?」
「うん。『土地管理人』とも呼ばれる、領主の右腕的ポジション。先代からの代理人が、『そろそろ引退して、孫と娘夫婦の傍で暮らしたい』って、言ってるらしくて。兎穴から村に行く途中にある、石作りのお屋敷、分かる? 庭園に日時計がある――あそこが代々、代理人が住む屋敷」
「えっ! あの大きな、メイドさんや使用人が、何人もいるお屋敷⁉ あそこに住むの? すごいじゃない、ミック!」
思わず、興奮した声を上げる侍女に
「うん……まぁ何年か、引き継ぎとかした後に、だけど」
こほんと従者は、また小さく咳払いをして
「ユナは――あの屋敷、好き?」
「うん! すっごく、ステキだと思う! 前世で大好きだった、ファンタジー小説に出てくる、お屋敷に似てて」
両手を握り締めて、力説するユナを、眩しそうに嬉しそうに、ミックは見返した。
「あのさ、俺たち二人共、『ミカエルルート』は手付かずだったけど――数年後、二人があの屋敷で、いつまでも幸せに暮らすのが――『ミカエルルートのエンディング』ってことで、どうかな?」
「幸せに暮らす……?」
きょとんと、首を傾げたユナの右手を、大きな左手が掬い上げて
「この指輪、こっちじゃなく――左手の薬指に、して欲しい……してください」
頬を赤く染めたミックが、ハシバミ色の瞳で、ヘーゼルナッツの瞳を、見下ろした。
「左手の薬指……? えっ、えっ⁉ 待って、待って……えぇーっ‼」
ぼぼっと、ミックの熱が移ったような頬を、左手で押さえて、パニクるユナ。
『これって、プロポーズ……⁉ ミックがわたしと、結婚したいってこと? いやいや! だってまだ、付き合ってもいない……待って! この指輪、「推しグッズ」じゃなくて、そういう意味だったのーっ⁉』
心の中で全力で叫びながら、回し車のネズミみたいに、ぐるぐる脳内を、高速回転させていると
「分かった……答えは、急がなくていいから」
『やっぱ全然、伝わってなかったか』と、苦笑しながら
「結婚を前提に、お付き合いしてください。できれば前向きに、検討をお願いします」
ぺこりと頭を下げる、転生仲間。
「……かしこまりました。前向きに、検討させて頂きます」
動揺を抑え込んで、同じく、頭を下げた侍女に
「プロポーズ、してたはずなのに――何で俺たち、採用面接みたくなってんだ?」
首を捻る、未来の代理人。
思わず顔を見合わせて、二人同時に吹き出しながら
こんな風に笑い合えるのは、いつも、ミックといる時だけ――と気が付く。
『指輪、左手にする未来も、悪くないかも……』
ユナはこっそり、心の中で呟いた。
【追記】
「そーいえば、あの手紙! 『もう友達でいたくない』って――めちゃめちゃ、傷ついたんですけど⁉」
「ちょ、ちゃんと読んだ⁉ 『友達でいたくない』じゃなくて、『友達は卒業したい』って、書いたんですけど?」
「あっ……あれれ?」
早とちりは、いけません。(反省)
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明日の更新分が、最終話になります。
『完結済みの連載小説』に、13時過ぎ頃UP予定ですので、ご覧頂けましたら嬉しいです。




