転職のスカウト
「そういえば昨日、レベッカさんが、お別れの挨拶に来てくれたよ」
笑いの発作が、やっと収まってから、ユナが話し出す。
『犯人をおびき出すのに、利用しちゃって、ごめんなさい! でもユナさんのおかげで、「主犯逮捕」のお手柄……女性刑事の、面目躍如になったわ! ありがとう‼』って、ぎゅっと両手を握りながら、大きな声で謝ってくれた。(声が大きいのは演技じゃなくて、地声だったらしい)
「子ウサギ達を扱う手が優しかったから、悪い人だと思いたくなかったんだよね。レベッカさんが正義の味方で、本当に良かったよー!」
「わかる、分かる! すっごい美人だけど、気さくで良い人だよな!」
嬉しそうに、ミックが頷く。
あれれ……? 何でちょっと、ムカムカするんだろ?
「――それから、『ストランド警察は、いつでもきみを待っている! とミックに伝えて』って、伝言を頼まれたんだけど?」
それまで『うんうん』と、頷きながら聞いていた従者が、いきなり、げほげほっと咳き込んだ。
「ちょ、大丈夫⁉」
「げほ……だいじょぶ、だいじょぶ」
涙目のミックを見据えて、
「それで……? 1週間も兎穴を、留守にした理由は?」
腕を組んだユナによる、鬼刑事クラスの尋問が始まった。
「だから、最初はストランド警察から、『ウィーズルの件で、直接話したい』って、ウィルフレッド様宛に、連絡が来て……」
『事件の事を、思い出させたくないから』と、シャーロットとユナには黙って、ストランドに向かった主従。
『結婚式用に、臨時で雇った使用人の中に、ウィーズルの仲間がいて、また家宝を狙っているらしい』との情報に、レベッカを始め刑事数名が、追加採用されたメイドと従僕として、兎穴に潜入。
領主とその婚約者の協力の元、犯人一味をあぶり出し、見事逮捕に至った。
ちなみに、シャーロットに変装した、レベッカから遠ざけるためと、余計な事を考えないように、ユナ(というか、アナベラとソフィー先生と厨房の皆)が作らされた薬は、犯人逮捕の時に軽いケガを負った、刑事達の手当に使ったところ、「劇的に治りが早い!」と喜ばれて。
大喜びした乳母が、残った薬を瓶に詰めて、お土産に。
「事件の流れは分かったけど……ミックは? 何の役回りだったの?」
首を傾げたユナに
「連絡係と案内係、かな? ヘア村のイン(宿屋)に、警部たちと待機して。裏庭の石垣の隙間を使って、兎穴潜入班やウィルフレッド様と、伝言のやり取りしたり、計画の摺合せや、突入経路とタイミングを確認したり」
「えっ、そんな近くにいたの⁉」
「うん、実は」
「そういえば、『変わった棒術使って、逮捕にも協力してくれた』って、レベッカさんに聞いたけど。棒術って『剣道』の事だよね?」
「うん、まあ――ちょっと手伝っただけだよ。途中からジェラルド様が参入したら、あっと言う間に犯人達を、鎮圧しちゃったし」
照れたように、髪をかき上げて
「逮捕までとにかく、じっと待っている時間が長くて――ウィーズルを捕まえた時の、計画を説明したり、臨時雇メンバーの似顔絵を、描いて見せたりしたら――『なんて斬新な、突入方法と捜査技術だ』って、なんだかすごく感心されて。『ぜひ、ストランド警察の一員に』って、警部に誘われちゃって」
てへっ――と、嬉しそうに話す従者を見て、『こっちは、あんなに心配してたのに!』と、ムッとした侍女が
「へーっ……それは良かったですね」
ものすごく平坦な、棒読みで返す。
「だって『ストランド警察』って、前世で言えば『スコットランドヤード(ロンドン警視庁)』だよ⁉ あのホームズが顧問探偵をしていた……そこからのスカウトって、凄くない⁉」
「あーっ……確かに!」
前世ではユナも、結構ミステリー好きだったので、『気持ちは分かる!』と、つい頷いてしまう。
「だろっ⁉」
「……それで?」
「それでって……?」
聞きたくない。
けど、知らない間にいきなりまた、いなくなられる方が、もっと嫌だ……。
ぎゅっと両手を握りしめて、ユナは口を開いた。
「行くの? ストランド警察。――ここを辞めて?」




