子ウサギと夢と
気が付けば、日がずいぶん、高くなっていた。
日差しを浴びて輝く、温室のガラス越しに、小さな紙袋を手にしたジェラルドが、通りすがりの従僕と、笑顔で話しているのが見える。
そろそろジェル兄様を開放して、部屋に戻り、ばあやのご機嫌を取らないと。
「ごちそうさまでした。では、わたくしはこれで――失礼します」
ドレスの膝に広げていた、ナプキンを畳んで、席を立とうとしたシャーロットを
「えっ、待って! あと少しだけ――!」
あわてた口調で、ウィルフレッドが引き止める。
「でも、そろそろ戻らないと、ばあ――乳母が、心配しているかと」
「大丈夫! お茶に付き合って頂くって、伝えてある――わっ!」
ことことっ……!
さきほど、従者から受け取ったカゴの蓋が、内側から押されるように動いた。
『なっ――!?』
反射的にシャーロットは、レースで飾られた右の袖口に、すばやく利き手を伸ばす。手首側に仕込んだ、ごく細身の短剣を、取り出そうとした左手。
その手をさっと、侍女が押さえた。
驚いて見上げると、『大丈夫です』と言うような、穏やかな瞳に頷かれ、迷いながらも手を戻したとき
ぴょんっ……!
蓋を押し上げて現れたのは、ふわふわの長い耳。
白い毛皮にふちどられた、薄桃色の内側をこちらに向けて、ぴくぴくと動いている。
「えっ……?」
目を見開いて、固まったシャーロットに
「びっくりした? こいつ――キャロットケーキの匂いに、つられちゃったかな?」
からかう様に、笑顔を見せた領主は、無造作に、手をカゴに差し入れた。
大きな右手が、取り出したのは
「……『うさぎ』?」
片手に乗るくらい、小さな頼りない、真っ白な子ウサギだった。
『からかわれた……!』
カッと、頬が赤くなる。
「手、出して?」
「結構です!」
ツンッと、シャーロットが、突っぱねると
「大丈夫、かまないから」
なだめるように、ウィルフレッドは、白い歯を見せた。
しぶしぶと、差し出した両手に、ほわりと、小さな毛玉が乗せられる。
「ほら……『ハル』だよ」
「わぁ……っ」
タンポポの綿毛のように、ふわふわで軽くて、温かい。
ひくひくとお鼻を動かす、愛らしいしぐさに、思わず頬がゆるむ。
「かわ」
「可愛いだろ?」
「……はい」
「頬で、触ってごらん?」
うながされるまま、両手を持ち上げ、そっと頬擦りをしてみる。
「くす」
「くすぐったい?」
「はい――?」
口から、こぼれかけた言葉を、次々と言い当てられて、戸惑いながら視線を向けると
嬉しそうに、懐かしそうに……目を細めた、いたずらっ子みたいな笑顔が。
あれっ――?
待って。
待って、これって……あの夢と、同じ?
小さな頃から、繰り返し見てきた、花と緑と、お日様の光に満ちた、幸せな夢。
昨日も馬車の中で、見たばかりの。
まさか……。
「思い出した?」
まさか、あの『王子様』は
「……ウィルフレッド様、だったんですか?」
思わず子ウサギを、すがるように抱きしめながら、呆然と見上げると
「10年ぶり……。やっと、また会えたね――ロッティ?」
夢と同じ笑顔が、そこに。




