仕組まれた代役
「では、指輪の交換を」
牧師の声に促され、花嫁付添人が、白薔薇のブーケを預かり、花婿付添人が、指輪の乗ったリングピローを差し出す。
それぞれの左手薬指に、結婚指輪が納まり、
「それでは、誓いのキスを」
少しかがんだ花嫁のベールを、花婿がゆっくりと持ち上げる。
「綺麗だ……」
そっと囁いたウィルフレッドの唇が、頬を染めてふわりと微笑んだ、シャーロットの唇に、優しくキスを落とした。
「ウィルフレッド様! おめでとうございます!」
「シャーロット様! なんてステキなウェディングドレス……!」
「ちょうど両方のデザインを、合わせたみたい……とってもお綺麗!」
「どうかお幸せに……!」
式が終わって、教会から出て来た花婿と花嫁を、わっと、村人総出で出迎える。
口々にかけられる祝福の言葉に、嬉しそうに、笑顔で答える二人。
その後、招待客達と兎穴に戻り、披露宴を兼ねた、舞踏会が始まった。
「お父様、ありがとう……わたくし、幸せです」
「シャーロット……」
まず、父親と踊った花嫁を
「娘を頼む……」
「はい!」
ウルフ公爵が、万感の想いを込めて、花婿に手渡す。
「本当の、本当に頼むぞ!」
「お父様……」
幸せそうにターンを繰り返す、主役二人のダンスを、広間の隅で、うっとりと侍女が見つめていると、
「失礼――花嫁の付添人を、されていた方ですよね? よかったら、踊って頂けませんか?」
招待客の紳士から、笑顔で声をかけられた。
「えっ? わたしですか⁉」
「あっ、僕はウィルフレッドの、大学時代の友人で。怪しい者では、ありませんよ?」
「いえっ、あの、わたしは……」
あわあわしている、ユナと紳士の間に、ずいっと差し出された、銀のトレイ。
「お客様、お飲み物はいかがですか?」
グラスの乗った、トレイを掲げる従僕、ニコラスことニックが、すばやくユナに耳打ちをする。
『ここは任せて、裏庭に逃げろ』
「じゃあ、シャンパンを貰おうかな。きみも……あれっ?」
紳士が振り向いた時にはもう、花嫁付添人は、幻のように消えていた。
「助かったー!」
抜け出す時、ちらりと見えた――ビュッフェ形式の昼食が頂ける、奥の部屋から、ヴァイオレット先生に腕を引かれて、広間に入ってくる、頬を食べ物で膨らませたジェラルド様。
『妹同然の従姉妹の披露宴で、ダンスもしないなんて、ノーグッドです!』
と言う、先生の声が、聴こえた気がした。
「ジェラルド様と先生のダンス、見たかったなー。それにしても……ステキだった! 花嫁花婿のダンス‼」
うっとりと思い返しながら、モーニングルームから、裏庭に出た所で
「あ、」
「あ、」
ばったりと、花婿付添人と、出くわした。
「えーと……お疲れ様?」
「何で疑問形? お疲れ様」
笑いながら答えるミックも、まだ付添人の衣装のまま。
『アスコットタイとか、大人っぽい感じも似合うんだ……イケメン度、マシマシだよね?』
こっそり、チェックしていると
「ニックに頼んだ伝言、ちゃんと伝わって良かった」
「えっ――あれ、そーだったんだ⁉ ほんと助かったよ。いきなりダンスに、誘われちゃって」
「ダンスに……?」
急に、眉を顰める従者。
「誘われただけ? 何もされなかった⁉」
矢継ぎ早に、問い詰められて
「されてないよ! すぐにニックが、助けてくれたし」
慌てて答えると、ほっとしたように、こちらを見て、目を細める。
「そのドレス、似合うね――ほんとに、どこかのご令嬢みたいだ」
「あっ、これ? 今朝いきなり着せられて、代役頼まれたの……そっちも、でしょ?」
「うん、まぁ……」
「『まぁ』って?」
歯切れの悪い口調に、首を傾げると、
「何だか『仕組まれた』ぽい。ウィルフレッド様に」
首の後ろに右手を回して、ミックが、ぽつりと呟いた。
「『仕組まれた』?」
「『ヒューバートが寝坊したから、急で悪いけど代役を』って言われたけど、このフロックコートもベストも全部、サイズぴったりなんだよ」
苦笑いする従者に言われて、はっと気が付く。
「そういえば……このドレスもぴったり! ヴァイオレット先生はわたしより、ずっと背が高いのに。それに教会に入場した時、ジェラルド様と並んで座っている先生を、見かけた気がする!」
「ヒューバート様はホントに、遅刻してたけどな?」
「うん、見た見た!」
転生仲間二人、顔を見合わせて
「「やられた……」」
声を揃えて、笑いだした。




