驚きの花婿付添人
「シャーロット、綺麗だよ……まるで天使が、舞い降りたようだ」
「ありがとう、お父様」
先に出た花婿達を追って、花嫁とその父、付添人代理の侍女が、ウルフ公爵家の馬車で、教会に向かう。
早くも目頭を熱くした、狼城領主が
「やっぱり、あの若造にはもったいない……今ならまだ式を、中止出来るな?」
と口走り、
「お父様――そもそも13年前、ウィルフレッド様との婚約を、お決めになったのは――お父様よね?」
静かな声で、目の中に入れても痛くない、愛娘にたしなめられて、
「わかっとる……だが、今は和平を結んでいても、かつては敵同士。お前がこちらに旅立ってから、『兎穴の連中に、いじめられているのでは⁉』と、心配で心配で。何度も様子を見に、行こうとしたのだが」
その度に『シャーロットはもう、ヘア伯爵家の嫁。娘の嫁ぎ先に、呼ばれてもいないのに、しゃしゃり出るなんて――狼城領主の名が泣きますよ!』と奥方からも、たしなめられた事情を話し、しょんぼりとうな垂れる、花嫁の父。
「あのっ旦那様、狼城の皆は、元気ですか?」
場を取りなそうと、声をかけた侍女に
「おぉ、ユナ! ユナも一段と、綺麗になったな。皆元気で、会いたがっておったぞ」
にっこりと、ウルフ公爵が答えて
「お父様、ユナとばあやには、こちらに来てから、本当に助けてもらったわ。ユナがいてくれたから、無事にこの日を迎えられたのよ!」
「それはそれは――世話になったな。ありがとう、ユナ」
「そっそんな、勿体ないです……!」
あわあわと、侍女が首を振って、公爵と令嬢が、にっこり微笑み――なごやかな雰囲気のまま、馬車は教会の入口に到着した。
厳かに、パイプオルガンが奏でる賛美歌に合わせて、父親と腕を組んだ花嫁がゆっくりと、祭壇に向かう。
参列者たちから、ため息が漏れる中、淑やかに、花嫁の後ろを歩く付添人は、
『えーと、まず牧師様のお言葉の後で、花婿と花嫁が誓いの言葉を述べて、それから指輪の交換。その時に、ブーケを預かって……』
先日のリハーサルを必死に、脳内再生していた。
待ち受けていた花婿に、しぶしぶといった様子で、花嫁を渡した公爵が、通路の左側、最前列の、妻と息子の隣に座る。
『ここで、式の邪魔にならないよう、横に……ん?』
ユナが左側に、はけようとしたとき、同じく逆サイドに移動していた花婿付添人と、はたりと目があった。
「ミッ……‼」
思わず叫び出しそうになった声を、必死で飲み込む。
同じく、驚いたように目を見開き、握った拳で口元を押さえている花婿付添人は、ミックこと、ミカエル・ドッゴだった。
『待って待って! 花婿付添人は、弟君のヒューバート様だったはずじゃ?』
さり気なく、参列者の方に目を向けると丁度、扉の隙間からこそこそと入り、『寝坊しましたーっ!』と、大きく顔に書いてありそうな、くしゃくしゃの髪で、前領主夫妻の隣に滑り込む、弟君の姿が。
『ミックも急遽、代役にされたのか……』
同情を込めた眼差しを、そっと送ったら、なぜかあわあわと、顔を赤くしている。
いつもの制服じゃなくて、花婿とお揃いの、艶のある黒のフロックコートに、アイボリーのベストと白のアスコットタイ。
(ウィルフレッド様のベストには、金糸で刺繍が入って、左胸に白薔薇のコサージュ付き)
前髪をはらりと落として、黒髪を撫でつけているせいか、なんだかすごく、大人っぽく見えるな。
『……って、そんな場合じゃなかった!』
「新郎ウィルフレッド・テレンス・ヘアは、シャーロット・ウルフを妻とし、健やかなるときも、病めるときも……」
張りのある声で、牧師が問いかける、『誓いの言葉』。
「はい、誓います」
と花婿が、はっきり答える声が聴こえる。
『この後、新婦に問いかけて、それから誓いのキス……!』
絶対に見逃さないよう、式に集中しなくちゃ!
ぎゅっと薬指の指輪ごと、ユナは両手を、強く握りしめた。




