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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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張り込み

 その夜の9時過ぎ、モーニングルームの扉の真向かい、裏庭の生垣いけがきの陰にひそむ、ひとつの影。

「くしゅんっ……!」

 思わず飛び出たくしゃみを、両手で押さえたのは、黒いフード付のマントをかぶった、ユナだった。


 この前、ウィーズルに拉致らちられた時、ご自分のマントをガラスまみれにして、助けてくださった、シャーロット様。

「今度はわたしがお嬢様を、必ずお守りする……‼」

 こぶしを握り締めた侍女が、そっと首を伸ばして、ガラス張りの室内をうかがう。

 先程まで家政婦と乳母が、入れ替わり訪れ、まだすやすやと眠っている、怪我人けがにんを起こさないように――そっと枕元に水やランプ、用事がある時に鳴らせるよう、ベルを置いたり、暖炉だんろまきを足したり――静かに立ち働いていたが、今は簡易ベッドで眠るあるじの他は、誰もいない。


「もしもレベッカさんが、ウィーズルの仲間だったら……」

 勝負は今夜。

 明日になると、ご両親や親戚の方たちがやって来て、兎穴中ごった返すし、明後日は結婚式……

「お嬢様もわたしも、待ち望んでいた、大切な日なのに……神様どうか、シャーロット様のケガを、明後日までに治してください! もしくは、わたしの頑丈がんじょうな足首と、チェンジしてください……!」

 両手を組み合わせて、前世からの人生一じんせいいち、真剣に祈ったとき――主の枕元のランプが、ゆらりと揺れた。


 玄関ホール側の扉が細く開き、するりと室内に入って来たのは、頭からすっぽりストールをかぶった、一人のメイド。

 室内に怪我人けがにんの他、誰もいない事を確認してから、ゆっくりと簡易ベッドに近寄り、枕元にかがみ込む。

『あれは、レベッカさん……⁉』

 生垣いけがきの陰から急いで、低い姿勢で走り寄り、扉の横に張り付いた、ユナの目に飛び込んで来たのは


「シャーロット様、起きてくださいな?」

 頭の先だけ掛け布団からのぞかせて、眠る主に、甘ったるい声でささやき、

「ん……誰?」

「教えてくださいな、書斎の隠し戸棚の、開け方を」

 ぱっとストールを、かなぐり捨てて

「隠し戸棚……?」

「『バイオレット・サファイアの指輪』が入っている、隠し戸棚だよ!」

 すらりと取り出した、大きなナイフを突きつける、金髪美人の新人メイド、エルシーの姿だった。


「エル……むぐっ」

 思わず名前を、叫びそうになった、侍女の口元が

「しっ……!」

 後ろから回された、男の手にふさがれる。

『誰っ! 犯人の仲間⁉』

 もがいて暴れて、みつこうとしたとき

「俺だよ、ユナ!」

 耳元でささやかれた、懐かしい声。

 それに、この大きなてのひらは……


「ミック……?」

「うん、ただいま」

 ミカエル・ドッゴが、『ちょっと出かけたヘア村から、帰って来ました』とでも言う様な、呑気のんきな声で挨拶をした。



「『ただいま』って……それ所じゃないってば!」

 脱力しながらも、モーニングルームに突入しようと向き直ると、そこには

「『隠し戸棚の開け方』? そんなの、わたしが知る訳ないだろっ!」

「痛っ……!」

 エルシーの腕をひねり上げ、ナイフを落とした所をベッドに抑え込む、薬で眠っていたはずの人物。


「お嬢様……⁉」

 扉から中に飛び込んだ、ユナとミックに、目を見張って

「ちょうど良かった。そこのベル、鳴らしてくれない?」

 乱れた銀髪のカツラの下から、黒髪をのぞかせて、にっこり笑うその人は


「レベッカさん……‼」

 黒髪美人の新人メイド、レベッカ・フォウルだった。


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