脱走事件の裏側
料理長達の優しさを噛み締めながら、美味しい軽食を頂き、丁度食べ終わった時に出来上がった、薬入りの鉢二つを、キッチンメイドから受け取る。
「何から何まで――本当にありがとう!」
何度もお礼を言って、厨房を後にした。
「それにしてもミックってば、『ロッティ』のホントの正体を、料理長に話してたなんて――いつの間に?」
『ちょっと胸が痛むけど』
『ほんと、ごめん……』
ケネスルートをあんな形で、強制終了させたこと、ずっと気にしてたのかな?
人より頭が回る分、他人の弱さや痛みに敏感で、気配り上手な――誰よりも優しい、転生仲間。
「……早く帰ってこい」
持ち重りのする鉢を、落とさないように抱え直して、ユナは足を速めた。
「おばあちゃん! 薬出来た……」
「しっ……!」
モーニングルームに駆け込んだ途端、祖母に右手で、口を塞がれた。
「たった今お嬢様が、眠られたとこだよ」
「シャーロット様が……?」
首を伸ばすと、衝立の端から、枕に乗った銀色の髪が、少しだけ見える。
眠る主の身体は、どこからか運ばれた、簡易寝台に移されていた。
「お医者様は? なんて?」
「さっき帰られたよ。『捻挫だから、とにかく安静に』って」
「そっか……奥方の間に移る時はまた、ジェラルド様に、運んで頂かないとかな?」
「それが、『少しでも動かすのは、良くない』らしくて。今夜はここで、休んで頂くことになったんだよ」
「『ここ』って、このモーニングルームで……⁉」
思わず声をあげた侍女が、寝台に駆け寄ろうとした所で
「これっ!」
乳母に手を掴まれ、引き止められる。
「だって、わたしのせいで、そんなご不自由を――せめてお顔を見て、謝りたいの!」
「お医者様のお薬で、眠ってらっしゃるのに。もし無理に起こしたら、それだけ回復が、遅れるかもしれないんだよ⁉」
厳しい叱咤を受け、はっと我に返った。
「……わかった」
ぎゅっと、両手を握りしめて、何とか気持ちを落ち着かせる。
「わたしに出来ること、何かない?」
「そうだね、それじゃあ……マーガレット、ミセス・ジョーンズに頼んで、湿布に使える布を、貰って来てくれるかい?」
「はい」
しょんぼり肩を落として、玄関ホールへ出て行く孫娘の後ろ姿に
「ごめんよ、ユナ……」
祖母は、そっと手を合わせた。
家政婦を探して、玄関ホールからリネン室に、向かおうとした侍女を
「あっ、ユナ!」
「ちょうど良かった……!」
ハウスメイドのエマとジェインが、呼び止めた。
「そんな所で、何してるの?」
隅っこの暗がりにいる、友達二人に、首を傾げながら近づくと
「これ、見て……!」
手に持った籠を、エマが差し出した。
ピクニック等で使う、蓋つきのバスケットを、小ぶりにしたサイズの、よくある品。
「この籠が、どうかした?」
また、首を傾げたユナに
「そこの暗がりに、隠すみたいに置いてあったの」
ジェインが、ホールの隅を指さす。
「えっ……?」
その場所は、
『いたーっ』
数時間前、新人メイドの黒髪美人、レベッカが、子ウサギ達を見つけた場所。
「ちょ、ちょっと、その籠見せて……!」
明るい所で中を探ると、ふわふわした白と黒の毛が、指先に集まった。
「それじゃあ――レベッカさんが、子ウサギ達を隠して、皆に『逃げた』と、思わせたってこと? 何でそんな……」
「あっ……! でも似たようなこと、前にもあったよね?」
事情を聞いて、うーむ――と考え込む、エマとジェインに
「うん……あった」
家宝の指輪を探す間、使用人達を屋外に留めておく為に、わざとハルとナツを逃がした……
「あの、ウィーズルの時と――同じ手口」
強張った顔でユナは、かつて自分を『拉致監禁』した犯人の、名前を告げた。




