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サウザンド ローズ ~転生侍女は、推しカプの尊さを語りたい~【番外編16「『時のはざま書店』にようこそ」完結☆】  作者: 壱邑なお


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料理長の心尽くし

「おやまぁ、随分ずいぶんと早かったね! ちゃんと全部、そろっているのかい?」

 モーニングルームに駆け込んだ、孫娘の姿に、目を丸くした祖母の後ろには、ぐるりと長椅子を隠した衝立ついたて


「ここは、痛みますか?」

「はい、少し……」

 れ聞こえる会話から、シャーロットが、医師の診察を受けている様子がうかがえる。


「おばあちゃん、お嬢様のご容態は……?」

 そわそわと、首を伸ばした侍女に、

「まだ診察が、始まったばかりだよ。じゃあ――次はこれだね」

 乳母が手渡したのは、それぞれ片手で抱えるサイズのすり鉢2個と、すりこぎ棒。

「ほら、行くよ!」

 連れて行かれた厨房ちゅうぼうの隅を借りて、取って来たハーブの葉をむしり、茎や根も一緒に、綺麗に洗って細かく刻む。


「わたしは先に、戻っているから――よーくすり潰して、ペースト状になったら、持っておいで」

「何で、二つもあるの?」

 それぞれ違う配分の薬の元を、鉢二つ分作った、祖母にたずねると

「湿布薬と、もうひとつは傷薬。どうせなら、ついでに作っておこうと思ってね」

「ついでに.....?」

 不思議そうな顔をした、孫娘を置いて、さっさと祖母は、戻って行った。


 とりあえず指示された通り、両手で棒を握り、ぐりっとハーブをつぶすと、陶器の鉢が、ぐらりと動く。

「わっ……!」

 あわてて、押さえたところに

「ちょっと、大丈夫⁉」

「何作ってるの?」

 休憩中らしい、顔見知りのキッチンメイドが二人、寄って来た。


「ハーブの湿布薬しっぷやく

 と答えると

「そっか……シャーロット様の?」

 小声で、たずねて来た。

「もう、知ってるの?」

「うん.....氷水、取りに来た子に聞いた」

「それじゃ、急がないとだね――貸して!」

 腕まくりしたメイドが、すりこぎ棒を取り上げ、もう一人が布巾ふきんの上に乗せた鉢を、しっかり押さえる。

「いくよっ!」

 ぐりんぐりんと、リズミカルに棒が回り、見る見るハーブは、ペースト状に。


すごいすごい……! あのっ、疲れたでしょ? 交代するから」

「この位、全然大丈夫だって!」

「プロに任せといて!」

 にっかり、頼もしい笑顔で告げられて……それでは、先程借りた、ボールやざる、包丁等を洗おうと、流し台に向かうと

「あっ、それ、ついでに洗っておくから。ユナさんは、そっち座ってて!」

 別のキッチンメイドに、使用人食堂のテーブルを、指し示される。

「いやいや、そこまでしてもらう訳には!」

 慌てて首を、横に振ると

「大丈夫! ほら……料理長が失恋した時、お世話になったお礼だから」

 小声で、こっそり告げられた。


 失恋て、あの――エプロン姿で、メイドに間違えられたお嬢様――『ロッティ』との、一件だよね。

 お世話と言うより、邪魔しただけ、な気がするけど……?

 首をかしげながら、席に着くと

 カシャン……

 ユナの目の前に、トレイが置かれた。


 そこに乗っていたのは――カリカリベーコンにエッグマヨネーズ、レタスのトーストサンドに、アップルクランブル(そぼろ状のクッキー生地をリンゴに乗せて焼いたお菓子)の小皿と、大ぶりのカップに入ったミルクティー。

 驚いて顔を上げると

「あんた、昼も食べてないんだろ?」

 料理長のケネスが、眉根を寄せて、見下ろしていた。


「そういえば……」

 昼食に行く途中で、『子ウサギ脱走事件』に、巻き込まれたんだった。

「心配事とか、何かまずい事にぶち当たっても――とりあえず、美味いメシ食べたら、なんとかなる。『軍隊の進軍も胃袋しだい』……ってな?」

 ケネス・パンテラが、赤褐色の前髪をかき上げて、にやりと笑う。

 それって……前世のことわざ、『腹が減っては戦が出来ぬ』と、同じ意味だよね?

 思わずくすりと、笑い声をこぼすと、

「あいつ――ミックに聞いた。ロッティの事」

 ぽつりと、料理長がつぶやいた。


「まぁその前に、ウィルフレッド様から、『婚約者』だって紹介されて――とっくに知っては、いたんだけどな?」

 苦笑いするケネスに

「すっすみませんでした! 余計な事して……」

 あわてて謝ると

「責めてる訳じゃない。シャーロット様は結婚しちまうけど、俺のロッティは――ずっと『ここ』にいる」

 小指に銀の指輪をはめた左手を握って、愛おしそうに胸を叩く。

「兎小屋に行けば、耳の長いロッティにも会えるし。あんたとミックの、『余計な事』のおかげでな……? ほら、早く食べろ」


 すすめられてカップを手に取ると、ぬる過ぎず熱過ぎない、ごくごく飲める温度のお茶。

 サンドイッチも、食べやすいように、細長くカットされている。

 料理長を始め、厨房皆の優しさが、身に染みて――にじみ出た涙を、ぐいっとこぶしぬぐってから

「ありがとうございます……いただきます!」

 両手を合わせた侍女に、

「ボナペティ♪」

 サウザンド王国一の料理の腕前を、自他共に認めるケネス・パンテラが、『美味しく召し上がれ』と、歌うように告げた。



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