特効薬の材料探し
『大変だ!』と『どうしよう⁉』が、頭の中でぐるぐる、追いかけっこしている侍女の目の前で、駆け寄ったジェラルドに、抱き上げられたシャーロットが、屋敷内に運ばれる。
近場のモーニングルームのソファに、そっと下ろされてから、
「誰か村まで、ブライス先生を呼びに行って!」
「厨房から氷水と、布を!」
医者を呼ぶ手配や、足首を冷やす応急処置に、走り回る使用人仲間。
「シャーロット.....!!」
部屋に飛び込んで来たウィルフレッド、そして何よりも大切な主が、ぐったりとソファに横たわる姿を――部屋の隅でただ呆然と、眺めている侍女。
「ユナ! しっかりおし……!」
その肩を、両手で掴んだ乳母が、強く揺すった。
「おばあちゃん……どうしよう。わたしが、『ハルを捕まえて』なんて言ったせいで、お嬢様がケガを……結婚式は、もう明後日なのに!」
おろおろと、告げた孫娘に
「そう思うんだったら――こんな所で、ぼんやりしてるヒマは、ないだろ⁉」
「えっ……」
びしっと、諭した声を返す。
思わず顔を上げたユナに、いくつかの単語が書かれたメモを、祖母は手渡した。
「カモミール、ミント、ローズマリー、エキナセア……これって?」
「『痛み止めの湿布』に、使うハーブさ。お医者様の湿布よりだんぜん、良く効くはずだよ。何たって、狼城に代々伝わる『特効薬』」「分かった! すぐに取ってくる‼」
話の途中で飛び出して行った、孫娘の後ろ姿に
「やれやれ――これで少しは、元気が出るといいけど」
乳母が呟き
「あんなに心配して――心が痛みますね」
「仕方ありません。ユナさんは『蚊帳の外』に、いて頂かないと」
家政婦と執事が、揃ってため息を吐いた。
「カモミールにミント、それから……『エキナセア』って何⁉」
メモを復唱しながら裏庭に出て、ハーブ園に向かって、猛ダッシュしていた侍女に
「あらっ、ユナ! どこ行くの?」
菜園の前にいた、元悪役令嬢が、声をかけた。
「アナベラ様! ハーブ園まで……あのっ『エキナセア』って、ご存じですか⁉」
「『エキナセア』? 初めて聞くけど――ハーブの名前?」
きょとんと首を傾げた、アナベラの後ろから
「赤や白やピンク、綺麗なお花が咲く植物よ。葉っぱとお花、乾燥させた茎や根も、痛み止めの飲み薬や傷薬になるの。それから、湿布にも使えるわ」
すらすらと流れるように説明したのは、植物学が専門の新しい家庭教師、ソフィー・セロウ。
「わあっ、さすがソフィー先生! その『エキなんとか』、ここにもあるの?」
「えぇ、ハーブ園で見かけたわ――『エキなんとか』」
教え子の賛辞に家庭教師は、明るいお茶色の瞳を細めて、くすりと頷いた。
ソフィー先生とアナベラに助けてもらいながら、リストにあったハーブを揃えて
「ユナさん、厨房から、籠を借りてきました!」
「ありがとう、ベティ!」
アナベラ付メイドが、用意してくれた、籠に入れる。
「誰か、ケガしたの?」
元悪役令嬢の、心配そうな問いかけに
「えっと……メイドの友達が、酷く足をくじいてしまいまして」
何とか誤魔化して、答えると
「そう――早く良くなるといいわね?」
「お大事にって、伝えてください」
「お大事に!」
ソフィー先生、ベティにアナベラが、口々に『お見舞いの言葉』を伝えてくる。
「ありがとうございます! 手伝ってくださった事も。本当に助かりました!」
三人に、ほっこりとお礼を言って、ハーブの入った籠を、大切そうに抱えたユナは、何よりも大切なお嬢様の元へと、走って行った。




